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自由の名を冠するものは其れを知らず。
自由の恩恵を懇願するものは其れに能わず。
自由が其れを分け与えるは、自ら行動した者のみである。 ―おかしい。断じておかしい。何故こんなことになっているんだ?
―私はやっと牢獄から出られたのだと思っていたのに。
「……」
「……」
領主の屋敷から上手く脱走出来たメゾは、音一つ立てることなく地面に着地する。ふと上を見上げると、開きっぱなしの窓と其処から垂れ下がる布の繋がり。
以外に簡単だったな、と一息着くと、その肩に羽織ったマントを翻して急いでその場から離れる事にした。
はずなのだが。
今その場には、立ち尽くすメゾと、そして睨み合う見知らぬ男が二人いた。
一人は、その姿からおそらくは此の村の者だろうか。しかし、もう一人は明らかに村人ではないとわかった。
普通の村人は、ナイフなどよっぽどでないかぎり携帯しないだろう。そして、よっぽどでないかぎり、そのナイフで人を刺そうとはしないだろう。
村人と思われる少年は、メゾを男から庇うように両手を広げている。その少年の腕は、先ほど繰り出された男のナイフによって傷つけられており、少し日焼けした肌からぽたぽたと血が滴り落ちている。
少年は、ナイフを突き出してきた男からメゾを庇ったのだ。
それでも少年は臆することなく、メゾと男の間に入ると、睨み合いを続ける。
―困る。実に、困る。
メゾは少年の背後で、密かに顔を顰める。
メゾにとって、自分の為に誰かが傷つくなんて事はあってはいけない事だからだ。
守られるほどか弱い存在でもなければ、護られるほど大切な存在でもない。
それは他ならぬメゾ自身がそう感じていた。
男の足が、じりっとメゾたちの方へと動く。少年が身構える。
メゾを守ろうとする少年の様子に男が眉を潜めた。そして口を開く。
「お前は誰だ? 何故、俺の邪魔をする? それこそ彼女はお前には全く関係のない存在のはずだ」
少年は男の言葉に少しいらついたのか、警戒しながらも声色を荒げた。
「お前こそ誰だ。 女の子をいきなりナイフで襲うだなんて、普通じゃない」
「お前には関係ないと行ったはずだ。 退け、退かねばまずはお前からだ」
「何が、だ。 退くのは拙たちじゃあない。 お前だ」
二人はどこまでも啀み合うもので、馬が合わないというのはこういう奴らのことを言うのだろう。
メゾはそんな二人に一つため息を吐き、庇われている少年の背後から、男に視線をよこした。
男は、少なくともメゾ自身よりいくつか年上だろうか。青の髪に、同じく青の眼。少し長めの前髪は、程よく男の顔にかかっていた。長く伸ばされた後ろを、一つにまとめている。
メゾは当たり前だが、その男とはまったく面識がなかった。今まで監禁されていたのだ、恨まれるほどの理由もなければ、時間もない。
しかし、メゾにはわかっていた。その男がメゾを狙うそのわけが。
メゾは、男へ口を開く。
「私に何の用だ。 奴の差し金ならば、言っておけ。 私は此処にはとどまらないし何も望まないから安心しろ、と」
ぴく、と男が反応する。少年と睨み合っていた視線をメゾに向ける。
「……わかっていたのか。 俺のような奴が来る事を」
男が尋ねる。メゾは、はっ、と嘲笑した。
「あのような視線を浴びて気付かない奴などいないだろう。 どうせ、利己的な理由なのだろう? くだらない。 私はそんなくだらない物を欲しはしない」
メゾは、顔だけ自身の方に振り返っている少年にも、視線を向ける。
こちらは私と同じくらいの歳だろうか。顔は陽に焼けており、短い髪は直射日光を浴びていたからであろう、少し色が抜けている。
「貴方もだ。 私など庇う必要などないだろう」
少年の目が厳しくなる。助けた者にこんなふうに言われては、誰でも苛立つだろう。
しかしメゾとしては早く立ち去ってもらいたかったのもあり、少々きつめに言ったつもりだった。
しかし―
「!?」
いきなり、少年がメゾの両肩を掴んだ。メゾは驚愕して少年を見上げる。
「私など、なんて言うな。 庇う必要が無いだなんて言うな。 誰だって、誰かが殺されそうになってたら助けるに決まってる」
少年はメゾの目を見て真剣な顔でそう言った。
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