10
うっすらと見えるくらいの明るさになっている。
狙撃者は空になってしまった自身の右手に握られているライフルを見た。
まだ、ターゲットが動くような気配はない。今のうちに新たな銃弾を装填しておかなければ。
狙撃者はジャケットの右ポケットから、新しい弾薬を取り出して、ライフルに装填する。
これでまた20発、打ち続ける事が出来る。
先ほどは逃してはいけないと、少し焦ってしまった。結局初発を打ち損じてしまい、ターゲットに感付かれるはめになったのだ。
今度は外さない、とライフルを構える。
ガサッ
狙撃者の目に、木々の隙間から黒いものが映る。それは先ほどターゲットが身に纏っていた布だと解った。
様子を伺おうとしたのだろう、移動した事で、狙撃者に見つかってしまった。
今度こそは外せない、と狙撃者は慎重に狙いを定める。木々の隙間は僅かで、外してしまえば再び身を隠してしまうだろう。
狙撃者は覗いたスコープの中で照準を合わせる。
引き金にかけた人差し指に力を入れようとする。
「東のでかいナリバの木だ!」
テノールの叫び声が、辺りに響き渡った。
その瞬間、反対側に控えていたバスが草むらから飛び出し、テノールがさしたナリバの木に向かってナリフを投げた。
「ぅあっ!?」
前方のターゲットにしか意識を向けていなかった狙撃者は、突然の攻撃に対処できず、バランスを崩す。そしてそのまま、木の下へと落下した。
狙撃者が落下するのと同時に、バスが狙撃者の手足を捻り押さえ、テノールも走りよって来て、近くに落ちていたライフルを奪う。
メゾは木にかけたままにしていた、自分のマントを取り、いつものように身に纏った。
「……ったく、いきなりだな。 俺が反応しなければ、こいつに居場所を教えるはめになっていたんだぞ」
バスは狙撃者の背中に着けた膝に力をこめる。ぐっ、とかかるバスの重みに、狙撃者は苦しそうに呻いた。
メゾとテノールが、バスのもとへ集まる。
メゾはただただ冷ややかな目線を狙撃者に送り、狙撃者は悔しそうにメゾを睨み上げた。
「お前は、あの後妻の手のものか?」
メゾが狙撃者に言葉を投げ掛ける。
「……」
「黙秘は結構。 だが其れはおまえに何一つとして有利な物には成り得ない」
「……ちっ。 そうだよ、『お嬢様』。 俺は彼女から依頼を受けたのさ。 あんたを殺すようにな」
狙撃者はもう観念したようで、ペラペラと後妻との契約を吐いた。どうやら前金はたんまり頂いているようで、これ以上の敵対は自身の為にならないとしたようだった。
「あんただけだと思っていたんだが、まさかこんなに連れがいるとはな。 いつ仲間を増やしたんだか」
予想外の人数だったらしく、狙撃者は悔しげにそう零した。
バスはメゾに向き直り、尋ねた。
「どうする? このまま腕を折っておくことも出来るが? 始末してしまうのが一番安全だがな」
「いや、構わない。 武器をすべて置いていくのなら、解放してもいい。 こいつを始末しても、何も得るものはない。 ただ、こいつが居なくなるだけだ」
メゾはバスに言った。バスは一つ仕方ないと息を吐くと、狙撃者が持っている武器の全てを剥ぎ取っていく。それをテノールが受け取ると、近くにあった崖に向かって放り投げた。
「ん?」
バスが狙撃者から剥ぎ取った武器の一つを見て、ある事に気付いた。
短銃にある見覚えのあるマーク。薔薇の花に剣。
「其れがどうかしたのか?」
「ああ、こいつはユニコットのもんだ。 ユニコットは武器製造の有数都市だからな、このマークがシンボルの工場を知っている」
狙撃者がバッと顔を上げ、バスの顔を見た。まさか、とつぶやくとじっと記憶を探すようにバスの顔を見つめた。
「……まさか、あんたがあのレクイエムの……」
「知り合いなのか?」
「……いや、知らないな。 だが、レクイエムは確かに俺が所属しているギルドだが」
やっぱり、と狙撃者が呟く。
「レクイエムのあんたが相手なんてついてないぜ。 お嬢様も良いお友達を見つけたもんだ」
狙撃者はハハッと乾いた笑いを漏らす。
「さっさと行けよ。 俺ももうお嬢様を狙うのはしねぇから」
ちらっとバスを見て、狙撃者は言った。
「そうか、では行こう」
メゾは言った。
「まだ武器を確認してないけど、いいのか?」
「狙わない、と彼は言った。 なら、その武器は私の妨げにはならない」
それに、とメゾは続ける。
「少し、眠たい」
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