空を見上げて 本章 | ナノ



9


其れが他が為だと厭い
其れは我が為だと憂う


ならば人は
誰が為に生きるのか






 メゾは、逃げ込んだ茂みで静かに息を潜め、相手の出方を伺う。
 その狙撃手がどこにいるのか、はっきりとはわからない。
 だが、その銃弾の音とメゾが怪我をした位置の角度から、大体の居場所は見当が付いた。


「……メゾ、足が」

「問題ない」


 メゾの太股から少量の血が出ている。先ほど掠めたのだろう銃弾が、太股を傷つけたのだ。
 実際、ほんの少し擦った程度なので、動くに問題は何もない。
 心配したテノールの言葉へのメゾの返答は、紛れもなく事実であった。





 あれから、三人は村を出た。村にいては何時見つかってしまうかわからず、またそうなると厄介な状況になることは用意に想像がついたからだ。
 三人は山道を何時間もかけて歩き続け、そうしているうちに夜もさらに深くなっていった。
 この調子で行けば、数日でユニコットにつけるかもしれない。しかし、今無理をしてしまえば後から辛いのは目に見えている。出来ればユニコットに入る時は、万全の状態でいたほうが良いと考えているバスに従い、休息をとることにした。

 其処で、バスは、メゾとテノールに一応お互いの装備を確認しあうことを提案する。何を誰がどの程度持っているのか知ることで、万が一の事態の時、策が立てやすいからだ。
 そして、その時初めてメゾもテノールも、身一つで出て来てしまったために、十分な旅の貯えを持ってはいないことがわかった。
 しかし、テノールは一応と思い、家を出るときに多少のお金をポケットに忍ばせていた。それは本当に微々たる物ではあったが、隣町に出掛けるくらいなら、なんとか足りるだろうくらいはあった。

 メゾは、本当に身一つだ。だが、何年も監禁状態のメゾが、何か持っているはずもないのだが。


 ちなみに、そんな軽装備な当人たちよりも、一番備えているバスが、この先の道中が不安になっていた。

「……お前ら、本当にこんな準備で旅に出ようとしたな。 ある意味尊敬する」
 バスははー、とため息を吐いた。

「……うるさい」

「なんとかなると思っていた」


 ぶすっと応えるテノールと、淡々と応えるメゾ。
 まだ、お金に関して思うところはあるテノールとは違い、金銭について価値がよくわかっていないだろうメゾに、バスは何とかしなければと思わされる。

「おいおい、メゾには説明しなければならない事が多々あるわけだ」

「知識はあるのだ、が」

 申し訳なさそうにメゾが言う。自分に日常的な常識が欠けていることは自覚しているようで、少し眉をしかめている。
 そんなメゾにバスがゆっくりと首を振る。

「いや、こればかりはメゾのせいではないからな。 これから実際に生きてみて外の世界を学んでいけばいいさ」

「ん、そうする」

 メゾは素直にバスの言葉に頷いた。



 そんな話をしているうちに、少しずつ空が白み始めていた。
 三人は野宿するため、山道から少し離れ脇の木々の中に入っていく。どこか身を隠しながら躰を安らげる場所はないかとしばらく探索すると、木々の向こうで少し開けた草原に出ることが出来た。
 二人を木々の茂みに待たせて、バスが一人広々とした草原へと踏み込んでいく。何か狂暴な野性の動物の住処であったり、危ない箇所等が無いか確認するためである。
 こういった事は、農民であるテノールや、監禁から解放されたばかりのメゾよりも、危険を掻い潜ってきたバスに頼るより無いだろう。一応、何かあったことを考え、二人には後方で待機してもらう事にした。
 二人を護りながら逃げ道を探すより、自分一人で相手を打ち負かす方が容易いと考えたからである。

 バスが念入りに辺りを散策する。


 そのときだった。





 鋭い爆発音がしたかと思うと、その瞬間バスの足元すぐ横の土が跳ね上がる。


「……っ!? 追っ手だ、隠れろ!」

 バスの叫びと同時に、後方に控えていたテノールとメゾが身を隠す。
 が、バスを仕留め損ねたと分かった狙撃手は、木々に向けても発砲を繰り返した。
 連続的な発砲音が辺りに響き渡る。
 草原に出ていたバスは、そのスキに近くの木々の中に飛び込んだ。


「メゾを優先させるという事は、メゾへの追っ手かっ。 ……やはり、俺以外にも依頼してたわけだ。 用心深い事だな」

 バスが少し吐き捨てるように呟いた。




「……っあ!」

「メゾ!」

 無差別に打ちまくられた銃弾は、メゾの太股を掠めた。
 その線をなぞるように、つぅ、とメゾの太股から血が伝う。

「メゾ、足がっ」

「問題ない」

 メゾは血の流れる自らの太股を一瞥すると、それよりも、とテノールの意識を狙撃者へと戻させる。

「あいつ、私を狙っているようだな。 後妻の引き金かも知れん」

「奥様の!?」

「私を狙っているとわかったなら、打つ手はある。 幸いにも私たちとバスは反対側にいるしな」

 そういうと、メゾはちらりとバスが隠れたであろう木々の先に視線をやった。

 治まらない発砲音と、抉れる木の幹と地面の土。


「どうする? このままじゃ埒があかない」

 テノールが手も足も出ない今の状況に焦れだす。
 メゾはそんなテノールに傍によるよう手招きをし、テノールは慎重にメゾに近づいた。

「手は有る、といっただろう。 それにはテノールの目が必要だ。 ……できるか?」

「ばか。 出来るかどうかじゃなくて、やらなくちゃいけないんだろ?」

「ん、そうだな。 では、テノールにやってもらいたい。 まずは……」


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