黄←黒赤


「テツヤ」

ゆるく笑って言葉を吐き出す彼の赤い瞳が本当は何を考えているのかなんて事は黒子は全部分かっていて、ただそれを口に出すのが億劫になってしまったと、理由を聞かれればその程度の事だ。何度も繰り返し、優しく名前を呼びかけてくる赤司を無条件で信じてそれに答えるほど黒子は優しくはないし、赤司もきっとそれは知っているだろう。だからこそ、こんなに繰り返し馬鹿みたいに繰り返し呼び続けているのだ。ただひたすらに一方的で無駄な呼びかけは、何度目かを過ぎた所で唐突に終わりを迎える。

「赤司くん」

それまで見向きもしなかった筈の黒子が無表情のままに視線を本から赤司へと移す。赤司は、どうした事だか少し満足したような表情をしていた。その目蓋に小さく口付けて、また黒子は口を開く。「赤司くん」どうしたんですか、と、さも不思議そうな声をして言うのである。どうしたんですか、だってさ。赤司は、その言葉にまた笑みを深めた。「テツヤなら分かるだろう」愉快そうに笑って放たれる問い掛けのその意味を、矢張り黒子は理解している。理解してしまう自分が嫌だと、そう考えた事はこれが初めてだった。次など無くていいと、まるで現実逃避でもするようにそう考える。見慣れた赤い髪が、どうしてだか余り綺麗には見えることがなかった。

「……どうでしょうか」
「分からないかな、」

黒子が少しの間を置いたあとにやっと絞り出したそれが嘘だという事は、赤司はわざわざ示さなくても気付いている。苛立つ事はなくても、それを嬉しいとも感じない。「お前が好きだよ」本当に、馬鹿みたいだと考えた。大事な時にはいつも名前を呼ばないのが彼の癖である事も、黒子テツヤは知っている。そうして、その言葉に対する返事など赤司はきっと欲してはいないのだろう。ぺろり、と何かが舌なめずりをする音が聞こえた。餌を欲しがる獣のような仕草で、赤司は黒子の言葉を待っている。そうして黒子はひとつ、小さな息を吐いた。彼の頭の横に置いた手が、少しだけ震えたような気すらした。気付けば黒子はひどく冷たい目をして、自分の目の前にいる赤い少年を見つめていた。

「あなたはボクが嫌いでしょう」

やがて無意識に吐き出した言葉に大した意味は存在しない。似ても似つかない筈のあの太陽のような金髪と、血のような赤髪がどうしてだか重なって見える理由を、黒子はただひたすら考えていた。「そうだね」それが肯定なのか曖昧にしただけなのか、それすらも黒子は気にかけてはいない。多分赤司は、黒子のことを何もかも理解しているのだと、そんな気すらするのだ。いくら自分が黒子の事を嫌おうと、黒子は自分の事を嫌わないと、赤司には絶対的な確信がある。
そうして、黒子はそれを裏切れない。

「どうしたいんですか、赤司くん」

何度目かの問い掛けに、漸く赤司はにっこりと効果音がつきそうな程深く笑みを作った。「お前に支配されたいんだよ、テツヤ」その声が、まるで子供に言い聞かせるように、恋人に向かって愛の言葉を囁くように簡単にそんな言葉を吐き出すものだから、黒子は静かに、本当に静かに笑った。如何したのかと言われたら、黒子は、赤司のそういう部分が本当に好きになれなかったのだ。
視界の端にちらついた愛おしい黄色すらも何か恐ろしいものに見えてしまった黒子は、矢張り支配されているのは自分だと知って目蓋を下ろした。
きっと黄瀬には、黒子の姿など少しも見えていないのだろうから。


消し去っておくれよ/120712
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