黒黄黒
二人ともドクズ


吐き気がする程に清々しい晴天だと、何を考えるでもなく只管にそう考えるだけの思考はやがて本当に吐き気を催すようなただの気持ち悪いものへと変貌を遂げる。如何しようもないクズだと道行く少女達が呟いたような気もする。その通りだ、と黄瀬涼太は考えた。例え彼女達が本当は誰か知らない人間の悪口を薄汚く吐き出していただけだとしても本当はそんな事はどうでも良くて、ただただそれが事実だと言う事を疑いもせずに自分の中の汚いものを吐き捨てる事もできない人間が黄瀬という存在だ。自分と同じように汚いだけの公衆便所にて白い便器に嘔吐物を吐き出しながらそんなどうしようもない思考を巡らせて居た。仕方の無いことだ。未だに治まる気配の無い吐き気に身を委ねながら朦朧とした意識の中で繰り返す。仕方が無い。例えば今から電話が掛かって来たとして、今の自分には録に外に出る気力すらもない。要するにただの自己嫌悪であると、その事を黄瀬は薄々乍らにも気付いて居たから、電話など来る筈がない事にも分かっている。理解している。それならば、それならばどうしてまだ何かを待っているのか。その事だけが、自分の事ながら黄瀬には如何しようもなく理解が及ばなかった。

「ああ、」

聞き覚えのある声が響いた。ひどく小さくて控えめな調子の声で、きっと少し触れば壊れて仕舞うであろうそんな声の主は、黄瀬の記憶の中にはひとりしか存在していない。うげえ、とまた少し何も残っていない胃袋から汚い液体を吐き出して、其方の方へと振り向いた。扉は閉まっている。鍵は掛けて居ないから、きっと彼がわざと開けて居ないだけなのだと考えた。なんすか。そう呟いたつもりでも、何もかも吐き出してからからに乾いてしまった喉ではまともに呼吸すら出来なかった。気付いたら、肩でしか息が出来ていなかった。君は本当に馬鹿ですね。声の主は、そう言葉にした癖に口調にも特に馬鹿にした調子もなく続ける。何をしているんですか。馬鹿にはしていないけれど、酷く責め立てるような雰囲気を感じた。

「本当に、仕方の無い人です」

疑問すらも与えない断定的な口調で、笑うように言葉は吐き出された。黒子っち。声にならない声が、はじめて彼の名前を呼んだ。返事は無い。ガチャリ。個室の扉が開く音がした。どうしてしまったんだろう。どうしてこうなってしまったんだろう。その答えは一つしかないし、一つしか有り得ないのだと、黄瀬は漸く思い出した。もう遠くなってしまった記憶だ。黄瀬はそれを、とても昔の事の様に感じていたが、どうやら案外近い所にある事だったらしい。記憶の中にある彼の姿が、微かに揺らめく気配がする。

「あれ程言ったのに」

そうして背中に触れた手は、まるで人形のように冷たい。それを肯定しきれる程黄瀬は大人にはなりきれないし、またそれを受け入れて貰えると信じられる程黒子が純粋では無い事も分かっている。自分が何をしたのか、それを黄瀬自らが聞く様な真似は出来なかったし、する必要も無いのだと、黒子が黄瀬に触れてからわかった。黒子っち。自分で絞り出した名前が、やっと声になって聞こえた感覚があった。
背後で、黒子がゆっくりと微笑む気配があった。もうそれに怯えるという選択肢は、黄瀬の中に存在など微塵もして居ない。ぽつり。そうして、むしろ安心する程に淡々とした声を崩さないまま、黒子は事実を口にする。
あなたは本当に駄目な人なんですね。黄瀬君。

「ボクのこと以外を食べてはいけないと、ちゃんとそう言ったのに」

シャツがずり落ちた黒子の肩はしっかりと肉が欠け落ちて居て、肉の見える赤い傷口だけが生々しく覗いて居た。
ようやっと振り返った黄瀬は、その黒子の優しい微笑に満足した様に軽く息を吐き出して、近付いた黒子に心底愛おしそうに口付けをした。
吐き気すら感じていた筈の晴天には、黄瀬はもう目を向ける事すらきっとしないのだろうと、黒子は少しだけ残念にも感じるような気がした。曖昧な事だ。どうせそれも、この身体の熱に溶けて仕舞ってすぐに興味を失くすのだろうけれど。


愛しているからいいでしょう/20120704
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