花冠を君に、


初めて起動した時、既に相手は決まっていた。言われなくても一目見て、直ぐ察する。
蜂蜜のような金の眩しい髪、目に痛いベリーピンクと白のスーツ。
そして何より、自分を目に映していながら遠くを見つめている寂しげな瞳。

全てを映していて、何も写していない。儚げに瞳を揺らしながら笑う彼を見て、俺は、運命を信じてみようと思った。


「運命?そんなモノあるわけない」
「俺達の関係は、マスターが勝手に決めたんだから」
「あるのはただの"設定"だ」

…彼はそう言うけれど、俺は彼と出逢った事を運命だと決めた。
彼が運命だと信じなくても、俺が信じていればきっとそれは運命の糸として繋がる。強制的、絶対的に、誰にも壊せない永遠のモノになるのだ。いや、必ず永遠のモノにしてみせる。


ここはデータで造られた世界。
ふわふわと心地よく柔らかな風が吹く中、淡い色をした花びらが舞う。宙に差し出した掌へ自然に降りてきた花びらに笑みを零してから、膝の上で呑気に寝息を立てている彼の髪を優しく撫でる。
さらりと滑り落ちる髪は一本一本が金糸の様でとても綺麗。
掬ってみればゆっくりと髪は流れ落ち、元の位置に戻る。そうした事を何回か繰り返している内に、膝の上にある頭がもぞもぞと動き始めた。
顔を見下ろせばうっすらと瞼が開いていて、でもどこか眠たそう。

「お目覚めですか?姫、」
「…だーれが姫だっ、つの」
「いたっ」

ペチッと軽快な音を立てて、下から額を弾かれる。けらけらと愉快そうに笑うデリックは、まだ寝ぼけ眼だ。日々也の膝から起きたあがり、伸びをして大きな欠伸をする。
くしゃくしゃと髪を軽く梳いてからもう一度欠伸をした。

「ふぁ…あー悪かったな、枕にしちゃって」
「お気になさらず」
「ずっと暇だったろ?」
「いえ、安らかに眠っていられる姫の可愛らしい寝顔を見続けていたので、退屈しませんでした」

笑顔で日々也が言えば、一拍置いてデリックの顔が赤に染まる。何か言いたそうに口をもごつかせてから視線を少し泳がせ、ため息を吐いた。それに日々也は首を傾げる。

「何を呆れているんですか?」
「いや…つくづく変な奴だなって」
「変?」
「人の寝顔ずっと見てるとか、それで退屈してないとか…変だろ」

ますます首を傾げる日々也はついでにぱちくりと目を瞬かせる。顎に手をそえて、ふむ…と考える素振りをしてから手をぽむっと合わせ打つ。
何か思い付いたような顔で笑い、話始めた。

「好きな方の無防備な寝顔見ていた為、理性と必死に戦っていて大変だったので退屈しませんでした」
「お前それ、笑顔で言う事じゃねえよ…」
「そうですか?」

更に深いため息を吐くデリックに、日々也はやはり首を傾げる。しかしすぐに考えるのを止め、パッと先程とは違う笑顔で話し始める。

「何でもいいじゃないですか。とにかくおはようございます」
「…おはよ」
「寝ぼけ眼な所からして、まだ眠いですか?」
「いや、スリープモードから完全に抜け切れてないだけだ」

コンコン、こめかみを数回叩く。そうすればチカチカとデリックの視界が煌めいた後に、ぼやけていた回路は鮮明になった。
目を軽く擦っているデリックをよそに日々也は立ち上がり、その場でバサッと金のマントを翻す。同時に草花も風に舞い、青く澄んだ空と強い太陽光により反射で目に眩しくなる。思わず目を細めた。

「どうした?」
「ふふ、少々お待ちください」

さくり、さくりと大地を踏んで日々也はデリックから離れた位置でしゃがみ込む。デリックに背を向けて、どこか楽しそうに笑いながら何かを作っているようだ。

――数分待つが、未だ日々也は作業に没頭している。
日々也が何をしているのか気になるデリックがそっと近付く。気付かれないよう足音を消して後ろから覗き込もうとすれば、突如日々也が振り返り、作り終えたろう何かを背後に隠して立ち上がる。

「終わったか?」
「はい」
「何作ってたのか教えろよ」
「…では座っていただけますか?」

言われた通りに座れば、ふわりと頭に何かが乗せられる。頭を上げ、手を伸ばし触れてみればデータにしては精巧な作りの草花の感触。
それだけでは理解出来ず、壊さないようそっと触れて目に映してみれば丁寧な花冠があった。

「…なんだこりゃ」
「大変良くお似合いですよ」
「そうじゃなくて…――」

言葉は途切れ、目は見開かれる。
自分より高い位置にいたはずの日々也はいつの間にか跪き、頭上で煌めいていた王冠をゆっくりと外していく。
大切そうに王冠を草花の上に置いて、デリックの足を軽く持ち上げ靴を抜き取り、あろうことか爪先に唇を落とした。
驚愕するデリックを尻目に爪先から足の甲、脛にまで唇は落ちていく。
まるで花を愛でるかのような、とても柔和な仕草で。

「ばっ…何してんだよお前!」
「爪先へのキスは崇拝。足首は隷属、脛は服従」
「な、んだよそれ、意味わかんねえ!する必要あんのか!」
「あります」

固く握られているデリックの左手を取って開かせ、今度は掌にキスをする日々也。擽ったさにぴくっと肩を揺らせば、日々也が顔を上げ微笑む。

「掌は、懇願」
「っ…」
「デリックさんに、願い事があるんです」

唇から離した手を両手で包み、優しく撫でる。

「俺は貴方を崇拝し、一目見た時から貴方に全てを奪われました。運命だと、出逢うべくして出逢ったのだと、俺は思います」
「…運命なんてない」
「あるのは設定だけだ、昔そう言いましたね。しかし俺は、出逢えた事を運命にしたいほど、今や貴方への恋の奴隷なのですよ」

相変わらず跪いたまま、日々也は続ける。デリックの手首にキスをまた一つ落とし、どこか切なさを含んだ色を瞳に宿して、デリックに希う。

「デリックさん」

「この哀れな男をどうか、救ってはくれませんか」


――きっとこれが、初めてだ。
ここまで純粋に自分へ恋心を抱き、焦がれ、耐えきれず全てを伝えてくれた事は。
ゆらり、視界が霞む。

「…本当に?」
「え?」
「本当に俺だけを愛せるって、誓えるのか?」

声が震えている事なんて、自分でも分かる。呼吸は上手く出来ず、胸は締め付けられるかの様に苦しい。
答えを求め日々也の顔を真っ直ぐ見返す。一拍置いて、日々也は笑った。

「誓います」
「絶対、俺を裏切らないか?」
「はい」

何度も何度も質問する。返ってくるのは望み通りの答えばかりで、たまっていた涙がついに零れた。
霞んでいた視界は歪み、泣いているのだと理解すれば更に涙は零れ落ちていく。
拭う事などせず言葉を詰まらせる。ゆっくり伸びてきた日々也の手は、目元を優しく拭った。

「そんな事気にしなくても、俺は最初から、デリックさんしか眼中にありませんよ」
「〜〜っ、ひっびや、」
「はい?」

擦らない程度に繰り返される目元の動きを、日々也の手を掴み止める。じっと見つめても言いたい事は伝わらないようで、日々也は首を傾げた。

「…こ、ゆ、ときはっ」
「?」
「っ抱きしめろよ、ばかやろっ!」
「わっ」

我慢出来ず自分から飛びつく。
驚いた日々也はバランスを崩し、されどデリックを受け止め、微笑みを浮かべる。そして、泣きじゃくるデリックの背中に腕を回した。

「…ねぇ、デリックさん」
「んだよ…っ」
「最後に一つ、貴方から俺を愛し続ける誓いをください」
「え…?」

日々也から少し離れ顔を見合わす。額をコツリ、と合わせれば、デリックの唇に日々也が人差し指を置く。

「キスを、してくださりますか」

あれだけの事をした癖に日々也の頬はほんのり赤く、どこか恥ずかしそうだ。
恐らくこんなお願いをした事がないのだろう。そう考えれば途端にデリックの顔は綻ぶが、上目遣いでデリックを見る日々也は少々目が泳ぐ。
沈黙が続く。しびれを切らした日々也が口を開こうとした所で、今度はデリックが日々也の唇に指を当てた。

「いいぜ」
「え、」
「俺からも、誓ってやる」

触れるだけの軽いキスがされる。すぐに離された唇は甘いような気がして、逸らされたにも関わらずちらりとこちらを見る瞳は扇情的で、衝動にまかせ日々也も噛みつくようなキスを贈った。














誓いの言葉とキスを貴方に。