黒田くんと風邪北さん

・荒北さんが風邪を引きました

・黒田さんがおかん



時折聞こえるくしゃみは時間が経過するごとにその頻度を増している気がする。
めったに部活を休まない荒北さんが風邪を引いて部活を休んだとなれば相当重症なのだろうと予想していけば案の定、お世辞にも片づいているとは言えない部屋の中でくしゃみを連発する先輩と合流したのが数分前。

「黒田ァ…水…」

「はいはい、分かってますって」

喉をやられたのか、覇気のない声で俺を呼ぶ荒北さんは今は敷き布団の中で横になっている。
インハイでその名を轟かせた箱根の狼はどこへやら、今は狼というより手負いの猫といった印象の方が強い。

「はい荒北さん」

「ン…」

俺に上体を預けてコップを傾ける荒北さんの体は熱い。
熱はそう高くないとは聞いていたが、これではそれも嘘か本当か怪しいところだ。

「荒北さんは風邪引きやすいんですから、気をつけてくださいね」

「るっせ…もう寝るから帰れヨ」

空になったコップを俺に渡して背を向け横になる荒北さんは俺に顔を見せてくれない。
仕方ないといえば仕方ない。
荒北さんは決して他人に弱みを見せない、そして自分を甘やかさずなおかつ他人には厳しいように見えて優しい。
そんな不器用な性格だからこそ、甘えることすらできなくなってしまっているのだろう。
そんな自己解釈を終えコップを洗うために立ち上がった俺の耳に届いたのは。

「ありがとネ」

小さな小さな、滅多に聞けない愛しい人の特別な言葉だった。





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