金荒の日常

・恋人かそうじゃないか分からんけど朝チュンした金荒が荒北さんの要望で朝から牛丼喰う話



月曜日から金曜日まで講義と部活をやり通し、練習もない穏やかな土曜日の朝を迎える場所は大抵荒北のアパートの狭いベッドの上がほとんどだと思う。
少しでも体を動かせば何も纏っていない肌が触れあう至近距離で、眠たそうに身をよじって毛布を頭まで被ろうとする荒北への対処も最近はなかなかに馴れてきた。

「起きろ荒北、もう9時だぞ」

「っせ…俺はねみぃンだヨ…」

俺に背を向け二度寝に入ろうとする細い体をなんとか抱えて、いやだいやだとぐずる体をシャワーで流してやり、風呂上がりのミネラルウォーターをきっちりコップ一杯、そうしてようやく荒北は目を覚ます。

「真護チャン、俺ハラ減った」

「言うと思った」

当然今の今まで寝起きの荒北に尽くしていた俺に朝食を準備する暇などない。
今からすぐに用意できるのはトーストくらいのものだが、たしか昨日確認した限りではあいにく一枚しか残っていない覚えがある。
大食漢の荒北の腹を満たすには不十分、俺が喰うにしろ不十分、どうしようもない状況の打開策を出したのは、意外にも荒北だった。

「牛丼、喰いに行こうゼ」





牛丼なんて久しぶりだ。
朝は自宅であり合わせの物を、昼は大学の食堂、夜もあり合わせなんて生活を繰り返していたせいか、食堂以外の外食が妙に懐かしく思えてしまう。
24時間営業の店内は朝九時半の何とも言えない気だるさに包まれていて、俺と荒北は別々に注文と会計をすませカウンターに座る。

「何頼んだノ」

「普通の牛丼だ」

「普通盛り?」

「朝から大盛りは喰えないサ」

「俺チーズ牛丼の大盛りィ」

ラー油かけたらさらに旨いんだよネェ
にやりと、自慢げに歯茎を見せて笑う荒北の胃袋の広さに感嘆しながら、客がいないせいか早くも運ばれてきた牛丼に目をやる。
和風だしと、はっきり香るチーズの匂いが空っぽの胃袋に心地いい。

「お、いー匂ィ」

そこに混ざるラー油のしつこい匂いも牛丼屋ならばご愛嬌、さっそくがっつきはじめた荒北の喰いっぷりはさすがなもので、思わず自分の牛丼のことを忘れてひっきりなしに動く口元を見つめてしまっていた。

「…すごいな」

「はりゃへっへふと」

「こら、食べてから喋れ」

「ふぇーい」

のどが動き、大きな一口があっという間に奥へ消える。

「俺腹減ってっとあんくらい軽く喰うの」

お気に入りの味を噛みしめるように、嬉しそうに目を細めた荒北はぱっと見大きな黒猫のようで、ごろごろとのどを鳴らさないのが不思議なくらいだ。
そしてご機嫌らしい荒北はカウンター席なのを良いことに体を寄せてくる。

「おい」

「いーじゃん別にィ
誰のせいで腹減ってると思ってンノ?」

「それ、は」

俺が、と言いかけて口をつむぐ。
まずい、何がまずいって流れがまずい。
これは確実に何か仕掛けてくるパターンだ、以前学食であったたちの悪いいたずらを思い出して頭が、思考が熱くなる。

「そ、分かってんじゃナァイ」

耳元に寄せられた口から流れる、低く甘えた声。
昨晩の光景が瞼の奥に蘇って、心臓がうるさいくらいに暴れ出す。

「オメーは出すダケだけどヨ、受ける側は散ッ散体力消費すんノ」

分かるゥ?
響くテノールに思わずぞくりと首をもたげる欲望を押さえ込んで、顔を背けお冷やを一気に流し込む。

「純情真護チャン、かわいいネ」

「うるさいぞ荒北…」

楽しそうに笑う荒北に頭を抱えたくなった。
会ったばかりの頃はこんな風ではなかったのに、一体どこで道を違えたのか―いや、別に今が不満という訳ではないのだが。

「出るぞ」

「りょーかい」

俺を振り回す、どうしようもなく変わりすぎた荒北について行くのはどうも難しい。
これからも続きそうな試練の日々に対する耐性がつくのは、きっとまだ先だろう。




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