黒田くんと箱学中退荒北さん 4

・もし荒北さんが自転車競技部に入ってから膝を壊して箱学を中退してたら的な設定

・荒北さんはバイトで食いつないでる

・黒田くんは一年生




「荒北さんって確か、あの人だろ?
たしか元エースアシストの」

「ああ、試合に出たのは一回きりだったって聞いたけどな」

そのレースでは優勝、しかしその後忽然と表舞台から消えてしまった伝説の先輩を、俺は室内の窓から見える雨を背景に視界に捉える。
折れてしまいそうなほど細い体に収まっている心は、今までどれほど傷ついてきたのだろうか。
少し離れた距離から伺える横顔に浮かぶ表情からそれを読みとろうとしても、やはりというか何というか、初めて会った日のようにそこには寂しさがある。
だが今日は、その寂しさの中に混じる物が確かに見えた。

「何で、言ってくれなかったんですか」

元箱根学園エースアシスト、荒北靖友。
一年生上半期終盤に自転車競技部に入部し、初心者ながら福富さんのアシストを務め初出場のレースでその役割をまっとうするも、直後膝を壊し部を退部。
ほどなくして箱根学園を中退し、以後の行方は当時の同級生も知らない。
そんな人が、ずっと俺の近くにいた。
箱根学園でゼッケンを争う地位にいる俺のすぐ近くで自転車を漕いでいた。
無神経な自分の行動を恥じるしかない。
何が過去を知りたい、だ、言えるはずがないだろうが。
どれだけ自分をけなそうがもう過ぎたことは元には戻らない。

「オレはさァ、諦めたんだよネェ」

窓枠に腰掛けて、荒北さんは笑いながら話す。
いつものような、寂しげな笑顔で。

「結局何やっても、どっかで必ず邪魔が入ンだ」

だからもう、期待もしない。
何かに希望を抱いたりもしない。
その言葉で、ようやく俺の中で最後のピースが埋まった。
この人が抱いてるのは寂しさなんかじゃない、諦めだ。
夢を忘れ、ただ呼吸するだけの生活。
何も期待せず、何も望まず生きる。

「荒、北さん」

「何も言うなヨ」

そんな生き地獄に落とされても、結局自転車から離れられない。
自然と出てきた涙と感情の波をを止められず、窓際の荒北さんの元に駆け寄る。

「ありがとう、ございました」

ロードから離れないでいてくれて。
語りたくない過去を暴かれても一切嫌な顔をせずに心情を吐露してくれて。
一言に数え切れない感謝を込め、膝をつき、泣く。
荒北さんから見れば、ただただ迷惑でしかないだろう。
それでも俺はこうせざるを得なかった。
もう流す涙が残っているかすら怪しいこの人の代わりに泣くために。

「…ホンット、バカだねェ黒田チャンは
ただ全力で走れねェだけだってのに」

「それ、どんなライバルとも競えないって意味じゃないですか
そんな、そんなことが」

「いーんだヨ」

頭に触れた手のひらから伝わる熱は、いつもと違う暖かみがした。
そこにあった寂しさが薄れた、本当の意味での荒北さんの感情は優しくて、壊れそうな程重い。

「黒田チャンが、オレの代わりにエースを引いてくれればそれでいい」

「任せて、ください」

あなたの思いは俺が引き継ぐ。
どんな事故に遭おうが、どんな不幸に見舞われようが、背負ったこの悔しさをインターハイ最終日のゴール下で晴らしてやる。

「ウン
期待してる」

雨はまだ止まない。
静かに降り続くその音だけが、俺と荒北さんの間に積もっていた。




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