黒田くんと箱学中退荒北さん 1

・もし荒北さんが自転車競技部に入ってから膝を壊して箱学を中退してたら的な設定

・荒北さんはバイトで食いつないでる

・黒田くんは一年生




横浜へ行こうと思いついたのは唐突だった。
愛車に乗ってロングライドをしたい、ただそれだけの道のりの最終目的地になぜそこを選んだのかと聞かれれば、おそらく直感だろうと俺は答えるしかない。
何があるわけでもない、ただ走りたいと本能が感じ、脳が処理した結末がそれなのだからつくづく人間とは不思議なものだ、と我ながら思う。
空気圧もバッチリ、予備のチューブやある程度の金を詰めた小さなバッグをロードにくくりつけ、通り過ぎる景色に目をやりながらペダルを踏む。
体を押してくれる追い風のおかげか普段の練習と同じくらいのペースで進む俺の旅は全く問題なく、予定より少し早いくらいに滞りなく進行していた、いたのだが。

「、あ!?」

ガタン、と。
突然の衝撃に顔をゆがめる前に、ぺしゃんこになっている後輪を見て、一気に気分が落ち込む。
走り出してからそんなに時間は過ぎていない、距離にして5km程、たったそれだけしか走っていないにも関わらず起こった事故にテンションが下がるのは仕方ないだろう。
ため息をつき、ロードから降りて荷物を確認しようとひざを突く―目線をおろせば太陽によく灼かれたアスファルトの濃い青色が目に入る公道の隅っこ。
少し雲が広がっているのか走り始めたときよりは熱さが薄まった気がしないわけでもないが、それは次の悲劇への始まりでしかなかった。

「…?」

何かが頬に当たった気がする。
タイヤから顔を上げて視野を広げても見えるのは曇り空とさっきより濃い色のアスファルト。
…待て、さっきより濃い?
嫌な予感がする、と感じる前に、突然訪れる第二の災害、雨。

「嘘だろオイ!?」

ざあざあと音を立てて降り出したそれを避けるために、慌てて屋根のあるバス停へとクオータを抱えて走り込む。
幸いあまり濡れていない車体をタオルで拭いてやりながらアクリル板を通して見上げた空は見事に灰色で、天気予報を確認しなかった自分を恨むしかない。

「スコールかってンだ…」

屋根をたたく雨音は強い。
まるで無人島に1人残されたかのような壮絶な孤独感の中、どうすることもできずに佇むことしか思いつかない自分の頭に苛立ちを覚える。
別に雨だからと走れないわけではない、ロードレースは雨天決行だ。
ただこの雨の中アイウェア無しに走るのは視野が狭すぎて事故を起こす可能性がある、そこまでのリスクを背負ってまで走る理由は、このロングライドにはない。
仕方ない、止んだら走るか、とほぼ終わりかけの後輪の修理に再び手を着けようとした、そのときだった。
ジャッ、と。
雨の中を抜ける、独特の緑のような水色のカラーが目立つビアンキ。
思わず目で追った、ついでに言えば頭に反応した体も動かずには居られなかったらしく、気づけば治したてのクオータにまたがりさっきまでだるくて仕方なかった雨の中へ飛び込んでいた。
幸い距離はそこまで離れていない、ただし、前を走るビアンキもかなり速い。
スプリンターか、クライマーか、それともオールラウンダーか。
いずれにせよ離されてやるか、と歯を食いしばりペダルを踏む。
顔にぶつかってくる雨粒を煩わしく思いながらも、拭う暇をすべてペダルへの力に回して必死に食らいつく。
感じたのだ。
これこそ直感だ。
俺はあの人から目を逸らしてはいけない、あの人の行く先を見届けねばならない。
まるでカミソリのように鋭いカーブに追いつきながら、必死にその背中へ手を伸ばす。
あと少し、もう少し―
その言葉をなんども繰り返し、雨もいつの間にか止んだ知らない山の上で、ようやく振り返り止まったその姿は、背後から差し込む日光を浴びているせいで多少見えにくい。

「あの」

息を切らしながら出した言葉は聞こえているのだろうか。
何の反応も示さない人影に不安を覚えながらも、俺の口は動くことをやめようとしなかった。

「すげぇ、速いですね」

「…ありがとネ」

再び太陽を隠した厚い雲が日光を遮る。
聞こえた声、ようやく見えた姿は思っていたよりずっと細くて失礼ながら意外だな、なんて思ってしまう。
黒く細い瞳には、どこかやりきれないような光がともっていて、俺は思わず手を伸ばそうとして、そして踏みとどまった。

「俺、黒田って言います。黒田雪成」

それが、荒北さんとの出会いだった。





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