福荒インハイ後

夏が、終わる。
部活の練習中も、インターハイの最中も、あれだけ煩く鳴いていた蝉の声がすっかり消えた9月半ば。
ようやく納まってきた暑さも今は清々しく思えても、今から3ヶ月後にはきっと懐かしく思えているのだろう。
今年の夏は、特に。
忘れられない経験を得られたと思う。
待ちに待った金城との決着、そしてそれを経て、俺は俺自身を乗り越えられた。
充実した高校三年間の終止符を迎えるまで、あと数ヶ月―

「何考えてんのォ、福チャン」

「いや、何でもない」

見透かしたように声をかけてきた荒北は、愛飲料のベプシを片手に俺の隣に座っている。
部活終わりということもあってか、少し疲れた表情が夕日をバックによく映える…いや、止めよう、これではまるで詩人だ。

「終わるネ、夏」

「ああ」

全く同じことを考えていたのか、それとも偶然なのか、荒北の言葉に相槌を打つ。
少し前に比べずいぶんと涼しくなった風にのって消えていく。
緑色の葉があわせて揺れるのを視界に入れながらも、しかし俺の目は何も捉えてはいない。
これからも先を見据えるつもりはあるが、今だけはこの感覚に浸りながら過去を振り返りたいのだ。
目の前にある物を必死に掴もうとした三年間だった。
間違ったものも正しい物も纏めて掴んで、苦しんで、足掻いて、踏ん張って。
欲しい物は手に入ったのか、入らなかったのか。
永遠に続く自問自答に沈み込みそうな俺の意識を、右肩に触れた温もりが引き戻す。

「福チャン」

「どうした」

右肩に預けられた荒北の頭はまるで撫でてくれと言わんばかりにだらんとしている。
荒北がこうして甘えてくることは滅多にない、たまにはこういう甘やかし方も良いかと左手を伸ばせば、延びてきた右手に指先を絡め取られる。
所謂、恋人繋ぎ。

「俺、楽しかったヨ」

「…そうか」

暖かい。
優しい。
指先から伝わるそれらがたまらなく愛おしい、荒北が、靖友が好きだ。

「悔いは無いのか」

「無ェよ
最後のインハイを福チャンと走れただけで、俺の三年間は報われた」

それは俺の台詞だと。
言いかけた言葉を必死でのみ込む。
人の三倍練習しろと告げ、本当にそれを実現し、俺のアシストに徹してくれたお前が居なければ、俺はここまで来られなかった。
その気持ちを一息には伝えきれそうにない。
闇雲に言葉にして、この感情を意味不明なものにしてしまうのは惜しい気がするのだ。
だから今は、これだけで許してもらおう。
左手はそのまま、右手を後頭部に回して引き寄せる。
あっさりと重なった唇からはベプシと、少しの汗と荒北の味。
噛みしめるように味わった高校三年生最後の夏のそのキスを、きっと俺は生涯忘れない。





[ 1/35 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -