荒黒で風邪
・荒黒
・黒田ちゃんが風邪をうつされました(荒北さんから)
「38,2…」
体温計に表示された悪夢のような数字と対面して、改めて体が重くなるようだった。
起きてからまだ数分、しかし如実に現れてくるのどの痛みや頭痛等の不調にただ流されるまま、先客が寝転がるベッドにぼふんと効果音がたちそうなほど勢いよく倒れ込む。
そのせいで目が覚めてしまったらしい先客、荒北さんはだるそうに細目を開いて寝転がったまま俺を睨んでくる。
「…寝てたんだけどォ」
「あんたのせいで風邪引きました」
朝の挨拶は無し、ありがちな恋人同士の甘い朝の話も無し。
痛むのどから絞り出した声は普段とはかけ離れていると言っていいほどにかすれていて、騒がしい場所では伝わるかどうかすら怪しい。
「え?」
「だから、昨日ダメだって言ったのにあんたがキスしまくるから…俺に、っくしゅ!!」
「おーおー見事に引いてんナァ」
まずい、くしゃみまで出てきた。
せきよりかはマシだろうが、不快なことに変わりはない。
体調は相変わらず最悪なままで、こちらに体を向けてくれている荒北さんと向き合うことすらだるくて仕方ないのが現状だ。
てか軽く言ってるけど元凶は今は全快ですって顔してるあんただろ。
「だるい…あんたのせいだ…」
「黒田チャンだってノリノリだったじゃナァイ」
「それとこれとは違うでしょうが」
「あ、照れてる」
昨晩の痴態と本心がばれた恥ずかしさで、元から熱かった顔が更に熱くなったように感じる。
枕に顔を埋めて表情を隠しても、熱が冷めることはない。
逆に衣擦れの音で荒北さんが覆い被さってくるのがわかって、視界が遮られているせいか無性に心拍数が上がってしまう。
「雪成」
低く、心に染み込んで溶かすような甘い声。
普段は頼んでも呼んでくれないくせに、こういう時だけ呼びやがって。
軽いリップ音と首筋に触れる濡れた柔らかな感触に少しだけ顔を向ければ、そこには野獣の目をした荒北さんが居た。
「…ずるいです」
「そう言うなヨ」
風邪ならまた俺にうつせばいいだろ。
そう言いながら俺の体を反転させる荒北さんは震えるほどきれいで、かっこよくて。
熱さで朦朧とする意識の中、頬に触れた唇だけが確かに形を持っていた。
完
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