───その少女を見た時、息が止まったかと思った。
ポアロの買い出しの途中、安室は通り道の公園で一人の少女がベンチに座っているのを見つけた。

風に靡く艶やかな黒髪、雪のように白い肌。
何よりも目を引くのは精巧な人形のような顔立ち。身に纏う純白のワンピースも相まって一瞬天使だろうかと思ってしまったのは仕方ないだろう。

だが少女の恰好を一通り目に入れて気が付いた。ワンピースの裾が汚れ、少女が靴を履いていないことに。そして少女が困り果てた顔をしていることに。


「こんにちは、何かお困りですか?」


つい、そんな声をかけてしまった。いや、何も悪いことはない。私立探偵「安室透」は困っている人間を見捨てないのだから。だから警察官「降谷零」の一面がほんの少しだけ出ていてもおかしくはないのだ。

安室に声をかけられた少女は肩をびくりと揺らした後、怯えが宿る目で安室を見ている。
そして何か言おうと口を開いて何も言わずに口を閉じた。


「……なんでも、ないんです」
「いえ、しかし」
「大丈夫ですから!」
「……そうですか」


頑なに拒まれては何も言えない。それ以上声をかけることは出来ず、安室はその場を離れた。
と、見せかけて近くにある自販機で果汁入りのジュースを買い、俯いている少女に差し出す。


「!」
「これ、あそこの自販機で買ったんです。何も変なものは入ってませんよ」
「……ありがとう、ございます…」


恐る恐る差し出されたジュースを手に取る少女。ひんやりとした冷たさに、ほ、と息を吐いていた。少女を脅かさないように少し離れた位置に安室は腰を下ろす。休憩と買い出しを兼ねた時間だ、戻るのが少々遅くなっても大丈夫だろう。


「僕、この近くの喫茶店でアルバイトをしているんです。ポアロ、ってご存知ですか?」
「……いいえ」
「とてもいいお店ですよ。落ち着いた雰囲気で」
「……」


黙る少女。少女が何者か探るよりも警戒心を解くのが先だろう。そう判断した安室は少女の視線を辿る。


「猫、お好きなんですか?」
「え……」
「ああ、すみません。あの木陰にいる猫を見ていると思ったので」
「……猫は、好きです。可愛くて、柔らかくて」


ふふ、と小さく笑みを漏らす少女は何を思い出しているのだろうか。初めて見せた笑みに安室も笑顔を浮かべた。

そろそろ裸足であることに触れても大丈夫だろうか。慎重に言葉を選ばなければ。


「足、怪我をしているみたいですけど大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」
「でもそのままにしていたら細菌が入って化膿しますよ」
「…………、足が。なくなったら……」


あの人は、安心するのかな。

聞き逃してしまいそうな小さな声。あの人とは。裸足でいるという事実。そして雪のように白い──病的と言えるほどの白い肌。
この少女が何か事件に───誘拐や監禁といったことに巻き込まれている可能性は高い。


「毛利探偵はご存知ですか?僕、毛利探偵の一番弟子なんです!もしよければ、貴女の困っていることを解決させてください」
「困ってること、なんて」
「あるでしょう?」
「……」


黙り込むということは図星ということ。とりあえず少女をポアロまで運ぼうと、その手に触れようとした時横から出てきた手に止められた。


「こんにちは、バーボン」
「あなたは……」


手の主は先日邂逅した、組織の参謀であるギムレット。黒いスーツに身を包み、包帯を巻かれていない左目は冷ややかな色を宿している。
ふるり、と少女の肩が震えたのが目に入った。


「あの、」
「これ以上この子を見ないでくれる?」


ばさり、と肩からかけていた黒いコートで少女の姿が隠される。そして、コート越しに硝子細工を扱うように少女に触れた。その手つきは裏社会の人間とは思えない程に優しげだ。


「どうしてあの家から出たんだい?あの場所以上に安全な場所はないのに」
「ご、ごめん、なさい」
「だァめ。許してあげない」


ギムレットは既に安室のことは眼中にないらしく、コート越しに少女との会話を楽しんでいる。少女はひどく怯えているようだが。
安室としては少し話しただけの相手ではあるが、明らかに一般人であろう少女が犯罪組織の幹部に怯えているという状況に黙ったままではいられない。


「彼女、一体貴方の何なんです?怯えているようですが」
「嗚呼。ごめんね、バーボン。私の言い方が悪かったみたいだ。──これ以上この子を認識しないでくれるかい?」


笑っていない目でギムレットが笑う。成程、ギムレットにとってこの少女は重要らしい。
そこで思い出す、先日ベルモットが言っていた「キティ」なのではないか。
コートを被せたまま、ギムレットは少女を横抱きにする。


「それじゃあ、帰ろうか」
「あ……、はい」


何かを言いかけて言わず、ただ少女は頷いた。

僕の日本で何をしているんだ。安室も言いたい言葉を飲み込む。相手は組織の古株ともいえる存在で、参謀と呼ばれる程には信頼を寄せられている人間だ。此処で不信感を与えるのは得策ではない。

何も言えず、安室はギムレットが少女を連れ去るのを見送った。












「これ何?」
「あ…それ、は…その、買ってくれて」
「いらないよね?」
「……はい」
「よかった!千尋が口にしていいのは、私が許可を出したものだけだからね。他には何かされた?」
「何も」
「……そう。あ、そうそう、『消毒』しようか」
「や、やだっ…!」
「千尋」
「ッ……」

「勝手に外に出た理由も聞かなきゃいけないからね。今日は甘えても、許してあげない」


そう言って、ギムレットと呼ばれる彼はうっそりと笑った。
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minaさま、リクエストありがとうございました!

ifルート黒の組織は、本編が終わったら書こうかなぁと思っていますがそれでも先に書けて私も満足です!笑

気に入っていただけたようでしたら、ifルートを書くのを待っていただけたら嬉しいですー!

猛暑が続いてます、体調にはお気をつけてお過ごしくださいm(*_ _)m

好きだよ、離れたくない。

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