海に行こうと言い出したのは一体誰なのか。いや、それは些事だ。茹だるような暑さで、その要望に否定的な刀はいなかった。
青い空、青い海、そして照りつける太陽!今、雛菊本丸の刀たちは海に来ている。本丸を空ける訳にはいかないので半数だけだがそれでも三十以上の刀だ。


「いっやほーー!」
「あ、ずお兄!準備運動がまだですよ!!」
「秋田、ビーチボール持ってきたか?」
「はい!主君が沢山買ってくれたので、色々持ってきてますっ」


粟田口の刀たちがはしゃぎながら海へ駆けていくのを横目に三条の刀は途方に暮れていた。理由は末弟の朔守である。


「やだ……うみ、やだぁ……」
「ああ、これこれ。泣くでない!」
「ほら朔守。皆楽しそうだよ、私と一緒に行こう」


兄たちが口々に慰めてくれるが朔守は半泣きだ。紺と黄色の海パンを履き両の二の腕に浮き具をつけ、腰には可愛らしいキャラクターが描かれた浮き輪をつけている朔守だが入る時になって「入りたくない」と愚図りだしたのだ。

これに慌てたのは兄刀たちだ。普段から聞き分けが良い朔守の駄々に困惑するしかない。


「朔守。どうしてはいりたくないのですか?」
「……さびちゃう」
「え?」
「うみはいったら、さびて、おれちゃう!ぼく、おれたくないよぅ……」


とうとう朔守の涙が決壊する。ぼろぼろと涙を零す末弟に三条の刀たちは慌てふためき、ふと思い至った。朔守は昨日の時点ではこんなことはなくとても楽しみだとはしゃいで眠れなかった程だ。
それがどうしてこうなっているのか。誰かに何か言われたのか。ふ、と柔らかい笑みを浮かべた三日月は膝をつき朔守と目線を合わせる。


「朔守や。海に入ると錆びて折れてしまうというのは誰に聞いたのだ?」
「……つる」


ぐすぐす、と鼻を鳴らしながら告げられた名前は五条の太刀・鶴丸国永のもの。一気にヘイトが其方に向くが鶴丸は今日は留守番でこの場には来ていない。

――――ここで補足しておくと鶴丸は別に錆びるとは言っていない。
海は風呂とは違い、塩が含まれており、その塩で水の中でも浮かぶことが出来るのだと教えてやっただけで折れるなどとは一言も口にはしていないのだ。

未だ水に抵抗がある朔守の中で、風呂に入っても錆びない=海はお風呂とは違う=海に入ったら錆びる!という不思議な方程式が出来てしまっただけなのだ。
勿論そんなことを露も知らぬ三条の刀たちは可愛い末弟を不安にさせたという理不尽な怒りを鶴丸に向けつつ未だに泣いている朔守を慰める言葉を次々とかけてやる。


「朔守よ!この兄が楽しいことをしてやろう!!」
「岩融にいさま?」
「……お主、何をするつもりじゃ」


朔守の両脇を掴み、持ち上げる岩融の姿に不安を覚えたのか小狐丸が口の端を引き攣らせた。先ほどまで短刀たちに乞われ、持ち上げては海に投げ込むというのを繰り返していた岩融。
朔守は幼子の姿をしておりまさかそんな無茶をする筈がないだろうと考えている間に──岩融は朔守を海へと投げ飛ばした。

そんなに勢いはなく擬音をつけるならばポーンという程度の軽さ。だが問題は勢いではない、投げ飛ばしたことだ。


「何をしとるんじゃああああ!!」
「短刀たちは喜んでいたぞ!」
「短刀と朔守を同列にするな!背丈やら何やらが違うじゃろう!!」
「朔守ー!ぶじですかー!?」


ぼちゃん、と水飛沫を立てて海の中へと沈む朔守を追いかけて今剣が海へと入る。何だ何だと他の刀の視線が集まっているがそれどころではない。
浮き具や浮き輪をつけていたお陰か浮上してきた朔守を見て胸を撫で下ろすが、朔守はぷかぷか浮いたまま動く様子がない。

まさか手入れが必要かと焦りながらも泳いで近づいてきた今剣にばしゃり、と水がかけられた。


「わっぷ」
「にいさま!いまの、すごかった!!」


キラキラと輝く笑顔を見せる朔守は今のが随分と気に入ったようだ。再び短刀たちにせがまれている岩融の元へ行こうとばたばたと足を動かしているがうまく動けず波に揺られているままだ。

先ほどまでの消沈した様子とは打って変わった弟の様子に今剣はにんまりと口角を上げた。


「朔守!ぼくが岩融のところまで、つれていってあげますからね」
「わーい!」


きゃっきゃっと笑う朔守を遠目で確認した小狐丸はほっと胸を撫で下ろした。今のがトラウマになれば駄々を捏ねるでは済まない事態になる。
海への恐怖が消えたことへの安堵もあるが小狐丸は少々不満だ。


「不満そうだね、小狐丸」
「……兄として、私が笑顔にさせてやりたかったんじゃ」
「はっはっはっは、そこまで残念がるな。時間はまだある、遊んでやればいい」
「、そうじゃの。私も海に入るとしようか」


飛沫を上げながら海に入ると朔守が嬉しそうに此方を見た。


「にいさまたち、こっち!」


空に輝く太陽に負けない程の笑みに思わず笑みが漏れてしまう。
夏はまだ始まったばかり、思い出作りはこれからだ。
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翡翠さま、リクエストありがとうございます!
皆で海に行く話、ということでしたが如何だったでしょうか?

海に行く、ということで顕現したての末弟くんはどういう反応をするかなと考えたらこうなりました笑
多分他の刀剣男士も初めての海だったりお風呂だったりで、こういう反応をするんじゃないかという妄想から生まれました!
流石に泣いたりはないかなと思いますが……笑

暑い日が続いてます。体調には気を付けて、夏の思い出を沢山作ってお過ごしくださいね!

思い出のいちぺーじ

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