07


「…………何、してるの?」

役人との話を終えた手鞠は三日月とした約束通り茶の準備をし彼を探していた。と言っても、そう広くはない離れ。容易く見つかった。

三日月は丁度離れと母屋の境目である廊下にいた。こちらに背を向けているが抜刀し誰かに向けていることが判る。

あまり、揉め事は起こして欲しくないんだけど。
ぼそりと心の中で呟き、手鞠は三日月に声を掛けた。

「ああ、主。何、勝手にこの離れに入ろうとした不届き者が居ってな。主の用が終わる前に折ってやろうと思ったが……まぁ暫し待っておれ、直ぐ折ってやる」
「わぁいい笑顔」

顔だけを後ろに向け、三日月が手鞠に向けたものはそれはそれは輝いている笑顔。だが目に宿る怒りが三日月の心情を如実に表していた。

間に入り気付かれないように溜息をつき、一言。「刀を納めて」。後ろ姿でも判る程三日月は不満そうだが、主の命だ。渋々、といった様子で刀を納めた姿を見てそこで漸く手鞠は相手を見た。

緑色の髪を持ち、前髪で片目を隠している。足元に落ちている刀は相手――この刀剣男士の本体だろう。

「折らせないのか。俺は君を斬りに来たんだが」

不思議そうに刀剣男士が言う。それが当たり前だ、といわんばかりの口調だ。三日月は、手鞠越しにジッと刀剣男士を見ている。
その視線が刀剣男士の言葉により徐々に不穏なものとなっていくが、手鞠も刀剣男士も気にしない。どうやら刀剣男士もマイペースな気質のようだ。

「折ってほしいの?でも残念、折らせてあげないし折ってあげない」

袖で口元を隠し、コロコロと笑う手鞠は「私は性格が悪いらしいから」と付け加える。
正直、目に見えるものだけが正しい訳ではないことを刀剣男士は知っている。

――――出来ることならば知りたくなかったことだ。どこまでも無垢に純粋に人を愛していたかった。人を信じていたかったのだから。

刀剣男士はふ、と薄く笑うと転がっていた己の本体を拾い上げ切っ先を手鞠に向ける。それと同時にカチャリ、と後ろに控えている三日月が鯉口を切った男が聞こえた。

だが刀を振るうことなく刀剣男士は腰に差していた鞘に納める。

「古備前の鶯丸という。宜しく頼むぞ、新しい主」
「…………は?」
「鶴丸ではないがこれは驚いたな。新しい主は笑う以外にも出来るのか」
「ッ主に触れるな!!」

そっと手鞠の頬に添えられた刀剣男士――鶯丸の手を後ろから伸びてきた三日月の手が叩き落とす。ギリ、と歯を食いしばる音が聞こえる。

見上げると思いの外近くに三日月が立っており手鞠は僅かに刮目した。このまま上体を倒してしまえば、その胸に体を預けてしまいそうな程近い距離。三日月が距離を詰めていたことに気付けなかったことに手鞠はほんの少し考え込む。

――――別に、気付けなかったことを恥ずことはない。特に気にする理由もない。だが気になるのは何故だろうか。
ほんの少し考えて、手鞠は思考を放棄した。今考えるべきことはそうではなく、この状況を如何に収めるかだ。

「堕ちた刀は初めて見たな。主、この三日月宗近は君の刀ではないだろう」
「いいや。俺は主の刀だ、主以外の刀である訳がない」

鶯丸の言葉に、三日月は反論する。が、反論の言葉はそのまま自分に言い聞かせるような言葉にも聞こえる。焦ったように見えるのは己の目の錯覚だろうか。手鞠は考えながら、三日月に手を伸ばす。

指先が、三日月の頬に触れた。「どうした、主」と緩く微笑む三日月はいつもの三日月だ。己に執着心を見せる三日月宗近だ。
……置いて行かれるのを恐れる子どものように見えたのはただの錯覚だろう。手鞠は先程の三日月をそう結論付けた。

「――――宗近くんが私の刀じゃないと仮定して。それで君に何か不便なことが、不可解なことが、理不尽なことが、苦悩することが、困惑することが、あるのかな?」
「何も。俺はただ茶を飲むだけだ」

鶯丸の視線が己の持つ盆に向いたことを確認して、手鞠は小さく息を吐いた。神という存在が、同じ『人外』だとしても『違う』ことを理解している。そして今回、その『厄介さ』を理解した。

扱いづらい。手鞠は浮かべる上辺だけの笑顔の裏で鶯丸をそう評価した。その評価がそっくりそのまま、鶯丸が己の評価としていることを『見』ながら。
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