06


離れにある執務室と呼ばれる審神者の仕事部屋で三日月は不機嫌を隠そうともせず手鞠に侍っていた。

「人間如きが俺に命令すると?戯言もいい加減にしろよ」

端末の画面越しに向けられる絶対零度の眼差しに役人は冷や汗を掻いた。そろそろ本格的に呪い殺されそうである。そしてそれが冗談で済まないところが天下五剣、三日月宗近である。
事の発端になった発言をした手鞠はニコニコと笑っているだけで、三日月を諌める気はないようだ。

『そういうつもりで言った訳では……。ただ、貴方様の耳に入れるのはどうかと思いまして、』
「貴様らの醜さなどとうに味わっておる、今更だ。なぁ、そうであろう?」

袖で口元を隠し、流し目で手鞠を見つつ役人に毒を吐く三日月。老若男女問わず人を惑わす美貌から垂れ流される色気は、画面越しでも感じるものがある。

思わずゴクリ、と生唾を飲み込み役人は慌てて頭を振った。
この三日月宗近は顕現された本丸が本丸だったからか、人の欲を見抜くのが上手い。実際、今役人を見る目は先程の眼差しが温いと感じる程冷ややかだ。

「宗近くん。いいこにして待っててくれる?」

凍てついた空気を溶かしたのは今まで喋りもしなかった手鞠の言葉。漸く出てきた言葉は三日月を諌めるもので役人はホッと胸を撫で下ろした。
言われた三日月は不機嫌を隠そうともせず手鞠に詰め寄る。

「何故だ?主は俺のことが嫌いなのか?認めぬぞ、主が俺のことを嫌っておるなど認めぬからな!……そうだ、主。この際だ、俺と共に現世を捨てるのはどうだ?そうすれば主は俺のことを嫌うことなく、ずっと共に居られる。うむ、良い案だ」

良いことを思いついた無邪気な幼子のような表情で並べられた言葉は神隠しを示唆するもの。刀剣男士は末端といえど神は神。真名を握り、その気になれば人一人隠すことなど容易い。
連れて行かれる場所は噂によると神域と呼ばれるもので、他者が立ち入ることは不可能に近いらしい。

この三日月は鬼一歩手前まで堕ちていた分霊なので『三日月宗近』の神域に還ることは出来ない。ならば何処に連れて行くつもりだろうか。顔面蒼白で冷や汗を掻く役人を見、三日月は嗤う。

「誰にもやらぬ。誰にも見せぬ。俺だけの尊き宝だ」

黒革の手袋に包まれた手が手鞠の両頬を包む。接吻でもしてしまいそうな程の至近距離で、三日月は手鞠に笑いかけた。自分の考えが拒否されるなど、拒絶されるなど欠片も考えていない、傲慢な神の顔だ。

「宗近くん。」

それに手鞠はたった一言、名前を呼ぶだけで特に反応はしない。
が、三日月には手鞠の真意が伝わったのだろう。物騒な言葉を紡ぐ口を噤み、怒られた子犬のように肩を落とす。関係ない、口も挟めずにいる役人だが何故か良心が刺激された。これが堕ちても天下五剣の力なのか、末恐ろしい。

「……あいわかった。じじいは外で茶でも飲んでいよう……」
「あ、お茶は後で私と一緒に飲もう。ね?」
「うむ!良きかな良きかな、主の淹れる茶は一等美味いからな。茶菓子も期待しておるぞ」
「甘いもの、本当に好きだねぇ」

手鞠の言葉に一喜一憂する三日月の姿はチョロいとしか言いようがない。手鞠も思うところがあるのだろう、困ったように笑っている。

鼻歌でも歌い出しそうな程上機嫌なまま部屋を出て行った三日月を見送り、手鞠は画面の向こう側にいる役人を見据える。細められた目、人ならざる妖しい色を放つ青に役人は、己の背が伸びるのを感じた。

「それで、前任のことなんだけどね?」
『…………はい。此方で把握していることを、貴方様にお伝えします』

手鞠が役人に求めたことは前任の所業の詳細だった。あまりの凄惨さに経験者である三日月の退席を勧めてしまったのは仕方のないことだ。役人の気遣いは三日月の人間嫌いに触れてしまい跡形もなく砕かれてしまったが。

前任の所業など聞いてどうするのだろうか。疑問に思うが役人はそれを口にしない。目の前にいる彼は『人外』。人ならざる、者。

人の枠から外れている彼の考えることなど、ただの人間である自分に理解することは出来ないと役人は考えているからだ。そしてその考えは案外正解だ。彼のことを理解出来る者など彼と同じ存在しかいないのだから。

目の前にある前任が行った『罪』が書かれた資料を持ち直し、役人は重々しく口を開いた。
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