04


どうしてこうなった。

薬研は兄である一期一振の背に庇われながらそう思考した。
審神者――伊万里手鞠は薬研の危ないから離れに行け、という制止も聞かず母屋へ入り、刀剣男士たちが傷ついた体を休めている大広間を探し当てた。

刀剣男士たちも人――『新しい審神者』が来たことに気付いていたのだろう。手鞠が一歩ずつ近付く度、ピリピリとした殺意と敵意が肌を刺す。今までの審神者はこの時点で怖気づき、大広間に近付けてもひたすら廊下に平伏していた。

だがこの審神者はどうするのだろう?
先程から予想外のことをしてくれる手鞠に薬研は内心期待する。驚きが好き、と自負する太刀である鶴丸国永がこの場に居るとすれば楽しげに笑っていただろう。

「こんにちは、人外です。あ間違えた、新しい審神者です」

スパン、と軽やかな音を立て障子を開ける手鞠に中にいた刀剣男士たちは惚けている。
それは手鞠の後ろに控えている三日月と薬研も同じだった。まさか、正々堂々開けるとは思わなかったのだろう。

惚けている刀剣男士たちの中でいち早く我に返ったのは、大広間の奥で弟である短刀たちを守るように立ちはだかっていた一期一振だった。

三日月と並ぶように立っている薬研を目敏く見つけた一期は錯乱したかのように声を荒らげながら手鞠に斬り掛かる。が、手鞠は軽々と避けた。目標に当たらなかった刀は勢いよく床に刺さる。

許さない。殺してやる。
うわ言のように、呪いのようにぶつぶつと言葉を吐きながら刀を引き抜く一期の姿は少々恐ろしい。

「いち兄!?」
「ううーん、役人が言ってた通りだね。堕ちかけてる」
「折るか?じじいは折ってやった方が此奴の為にもなると思うぞ」
「宗近くんはちょっと物騒だよね、お口にチャックしとこうか」


折る、という三日月の言葉に幾振りかが反応し殺意を視線に乗せて手鞠を睨む。
手鞠が言わせた訳でも言った訳でもないのにいい迷惑だ。尤も手鞠本人は殺意の視線を受けても変わらず笑っているし、その視線に反応しているのは三日月だけなのだが。

もう、『審神者』というだけで『人間』というだけで憎しみの対象になるらしい。

手鞠は笑顔を収めて溜息を一つつく。その姿に反応したのは、一期の背に庇われていた薬研だった。怯えたように、ただでさえ青白い顔を白くさせながら手鞠に乞う。

「い、いち兄は俺っちたちの為にこうなってんだ!だから……!!」
「刀解はしないでほしいって?そこまで怯えなくていいよ、薬研藤四郎くん。
私はここの刀剣男士くんを一本たりとも折ったり刀解するつもりは一切ないから」
「…………どうだか。人間の言うことなど信じられませんな」

政府で見せられた資料に写っていたような柔和な笑みではなく、警戒と敵意をたっぷり乗せた顰めっ面を手鞠に見せる一期。手鞠はもう笑うしかない。諦めや恐怖ではなく、愉悦という意味で。

何年も何十年も何百年も何千年もそれ以上生きてきた手鞠にとって千年も存在していない刀の付喪神など赤子のようなものだ。
刀剣男士たちから向けられる敵意など、殺意など、手鞠から見れば幼子の癇癪でしかない。

「楽しげだな、主。妬いてしまうぞ」
「うん?ああ!ごめん、ごめん。ここまで明確に敵意を向けてくれるのって宗近くん以来だから、ちょっと楽しくって。無条件で好意を向けられるのも、無条件で平伏されるのも、飽きちゃってるから」

うふふ、うふふ。
頬を赤らめながら、手鞠は笑う。心底楽しそうな嬉しそうな姿に、三日月も笑う。

なんなんだ、この審神者と刀剣男士。それがこの場の共通認識だった。
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