03


「…………なんなんだ、あんた…………」

薬研は困惑していた。今回やって来た審神者は今までの審神者と違うことが明らかに判る。

今まで政府から派遣されてきた審神者たちは一様に怯え恐怖を滲ませながら、刀剣男士たちに頭を下げてきた。手入れをさせてほしい、皆様に危害を加えることはありません、と言葉を添えながら。

だがその言葉を簡単に信じられるだろうか?人間とは十人十色。人の数だけ違いがある。
それを頭で理解していても、好いていた人間という存在に傷付けられた――裏切られた、という事実は彼らの『心』に深く傷を付けた。

体の傷が癒えても心の傷は癒えない。
例え前任者と違う霊力、雰囲気だとしてもまた裏切られるのではないか、と疑心暗鬼になる。そんな状況下で、来る審神者全員が打ち合わせをしたかのように似たことを言えば、余計にだろう。

薬研はそっと肩の力を抜いた。正直、人間のことは信じられないし目の前にいる審神者のことは信用していない。が。肩を張って過ごすのは少し、疲れたのだ。

チン、と軽い音を立てて刀を鞘へと戻す。審神者はそれはそれは嬉しそうに笑った。

「ありがとう、薬研藤四郎くん」
「俺っちの名前知ってんのか?」
「聞いてきたからね。そうだねぇ……私だけが名前を知ってるっていうのも公平じゃないし、君たちから見たら不信感バリバリだよね、うん」

薬研は単純に疑問に思って聞いただけなのだが何やら雲行きが怪しい。それは審神者の傍らに控えている三日月も同じようで先程まで浮かべられていた優美な笑みは消え失せ頬が引き攣っている。

どうやらこの審神者。突拍子もないことをするのが特徴らしい。

「私の名前は伊万里手鞠。ただのしがない死にたがりな人外だよ、よろしくね」

薬研は絶叫した。三日月は頭を抱えた。刀剣男士は末席とはいえ神。名前を明かすことは禁忌とされ、政府から固く禁止されている。

名を明かしてしまえば主従の契約は逆転し、どんな言霊も術も効かなくなってしまうのだ。それは即ち、命を狙われても防ぐ術がないということ。
ここの前任者もとち狂った頭でも、刀剣男士たちに名を明かすことだけはしなかった。もし主従が逆転しまえば自分がどうなるか、理解していたのだろう。

「…………主。名を明かしてはならぬ、と俺は再三言ったと思うのだが?」
「もう宗近くんに言ってるから変わらないかなぁと思って。それに名前を取られたぐらいで私死なないし、私にとって名前は些細な、記号でしかないんだもん」
「はぁ……主の名を知っているのは俺だけで良いだろうに」
「宗近くん、多分それが目的だよね?」
「俺にとって主の名というもの、というより主は特別なのだ。だから主にとって俺が特別なのは当たり前であろう?」

それが至極当然、と言わんばかりの三日月に薬研は痛んだことのない胃がキリリ、と痛むのを感じた。
主が主ならば刀剣男士も刀剣男士だ。審神者はどこかズレているし、刀剣男士は普通は隠している筈の傲慢さを出し切って歪んでいる。

今まで見たことがない種類の審神者―といっても彼らが知っているのは前任者と派遣されてきて僅かな時間しか居なかった者たちだけだが―に、薬研はほんの少しだけ期待した。

ここの刀剣男士たちは少しずつ少しずつ堕ちていっている。坂道を転げ落ちるように早く、ではなく坂道を登っていくようにじわり、じわりと。
その中には薬研の兄にあたる刀剣男士も含まれている。救ってほしい、だが関わらないでほしい。相反する感情が薬研の中で渦巻くそれに気付いたかのように、審神者は笑った。

「勿体ないね、折角心を伝える手段があるのに君はそれを使おうとはしない。内で燻らせるくらいなら吐き出してしまえばいいのに。すっきりするよ?それに、誰かが君の心を救ってくれるかもしれない」
「…………あんたは、ここに何しに来たんだ?ただ俺っちたちを救いに来た訳じゃないんだろ?」
「ないしょ」

白く細い、骨ばった指を唇に当てて審神者は、死にたがりの人外は、伊万里手鞠と名乗った『それ』はしぃと艶やかに笑った。
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