02


トントントン、トントントン。
現世と本丸を繋ぐ門が音を立てているのを門近くの納屋で体を休ませていた薬研藤四郎は拾った。音は内側からではなく外側からしている。

敵か、味方か。どちらだろうか、と考えて薬研は頭を振った。味方は全員本丸の中にいる。ならば敵だ。

――例え相手が新しい審神者だとしても。

薬研は己の本体である短刀の柄を握り締める。自分以外の刀は傷ついた体を休めている、追い払えるのは自分だけ。
納屋の扉の隙間から見える門をじっと睨むように見つめる。門は審神者を拒まない。例え自分たちが審神者というものを酷く憎んでいたとしても。

ギィ……と軋ませながら門が開いた。門の向こう側には人影が二つ。

片方は新しい審神者だろうか。白い髪を横で纏めており、歩を進める度に揺れている。もう片方の人影は自分と同じ存在だと薬研は感じた。即ち、刀剣男士だ。

「なぁ、主。あるじや。本当に引き受けるのか?あの本丸へ帰らぬか?ここは嫌だ」
「もう門はくぐったよ、宗近くん。諦めなさい」
「……主は俺と二人っきりが嫌なのだな、じじいは悲しいぞ」

よよよ、と着物の袖で目元を隠し泣き真似をする刀剣男士を審神者が困ったように慰めている。刀剣男士も刀剣男士で隠している口元や目元が嬉しそうに綻んでいるのが薬研からはよく見えた。

なんだ、あの茶番は。
呆れると同時に抱く羨望。この本丸に顕現してからの思い出というものは嫌なものばかりだ。
殴られる痛み、理不尽に怒鳴られる恐怖、兄が、弟が、仲間が傷ついていくのを見るしか出来ない虚無感。

だが目の前で茶番を繰り広げている一人と一振りはどうだろうか。あの審神者の傍らにいる青い衣の刀剣男士は、そんな思いをしたようには見えない。
無意識に唇を噛み締めていると、不意に審神者が薬研が隠れている納屋を見た。

「!」

目が合ったような気がする。薬研の背を冷や汗がたらりと流れた。握っている短刀を確かめるように手に力をこめた。確かに、ある。

目が合ったかもしれないが薬研にとっては些事だ。母屋で傷つき眠っている仲間たちを守らなければならない。今まで充分過ぎる程に守ってもらってきたのだから。

納屋から勢いよく出て一気に審神者へ近付く。傍らにいる刀剣男士のことなど眼中にない。主たる審神者が死ねば霊力の配給が絶たれただの刀となるのだ。距離を縮め懐に入る。反応出来ないのか審神者は動かない。

「貰ったァ!!」

短刀が審神者の喉を掻っ切った。赤が散る。

死んだ、とは思っていない。が、その命が終わるのも時間の問題だ。

遺体が綺麗な内に政府へ送り返してやろう、薬研がそう思った瞬間、何か、白いものに包まれた。温かい。自分を包む――抱き締めているのが審神者だと薬研が理解するまで、ほんの少しだけ時間がかかった。

「捕まえた」
「ッ離しやがれ!!」
「ああ、もう。暴れないで、傷に障るよ?」
「こんなの大した傷じゃねぇ!あんたには関係ない話だ」
「そうだね、関係ないけど……見ていて、気分が悪いかな」

間近にある審神者の顔が一瞬だけ不愉快そうに歪められたが、それは直ぐに浮かべられた笑顔に隠される。偽善だな。心の中で毒づきながら薬研は審神者の腕の中で藻掻く。

そしてふと気付いた。自分はこの審神者の喉を掻っ切った筈だと。無防備にも薬研の眼前に晒されている白い喉には傷一つない。

「『なかったこと』にした方が早いか」
「…………は?」

ゆっくりと審神者の体が離れていき、薬研は唖然とした表情で己の体を見た。先程まであちこちにあり、痛みを訴えていた傷が何処にもない。土や血で汚れていた戦装束も綺麗に整えられている。

これが審神者の力か?傷ついた刀剣男士を癒せるのは審神者だけ。だが、資材も使わず手入れ道具も使わずどうやって?
薬研は疑問の眼差しで審神者を見るが、審神者は何がそんなに良いのか楽しそうにニコニコと笑っているだけだ。

「距離を一気に詰め相手の懐に入って仕留める、素晴らしい手腕だな。だが……誰の主に手を出している?」

すらり、刀剣男士が刀を抜いた。漂う雰囲気は冷たいもので薬研は短刀を再び握り締める。
審神者がどんな術を使ったかは知らないがそれが仲間の脅威になるなら此処で終わらせる。結果、自分が折れてしまっても構わない。

こちらを威圧感たっぷりに見下ろす刀剣男士を、薬研も負けじと睨み返す。緊迫した空気だ。触れてしまうだけで切れてしまいそうな――――。

そんな空気をぶち壊したのは、審神者だった。

「あ、お手洗い行きたい」
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -