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穏やかな風が吹き、それに乗って短刀たちの楽し気な声が手鞠の耳に届く。執務室にこもり書類を片付けていた手鞠はそれに笑みをこぼす。

随分と感情表現が豊かになったものだ、と三日月はこっそりと息を吐く。色んな表情が見れることは三日月にとって好ましいことだが、それを他の刀が見るというのは気に入らない。
だが、だからといって笑うなとは言えないし。頭を抱え悩む三日月を不思議なものを見るような目で見ていると、静かに障子が開かれた。

「主、茶を淹れて来た。休憩にしよう」

お盆に湯呑と急須、お茶菓子まで乗せてやって来たのは鶯丸だ。戦装束ではなく内番服に身を包んでいる彼は、確か畑当番を任せていた筈だが。手鞠の疑問は代わりに三日月が鶯丸に問うた。

「お主、内番はどうした。俺と主の時間を邪魔するならば斬るぞ」
「細かいことは気にるな。休息は必要だぞ?」

笑い合う三日月と鶯丸の間に火花が散ったが手鞠は気にしない。気にせず端末の画面の向こう側にいる政府の役人と向き合う。
立て直しまでのことを淡々と報告し、それを役人がまとめていく。前任の初期刀である歌仙が折れた、と聞いた役人は悲痛な面持ちで口を開いた。

「歌仙様が、折れましたか」

「ここの刀たちが辛うじて堕ちていなかったのは彼のお陰だろうね。折れてしまった刀身を見てみたけど、中まで真っ黒だったよ!……穢れをその身に溜めて、外に出ないようにしていたんだね……」




本丸の庭には、植えた覚えのない植物が生えている。緑色の葉が青々しく茂り、風で揺れている。

よく育った植物の中で一際よく育っているのは、歌仙が折れてから植えられた桜の木だ。
本丸という疑似神域に植えられたそれは驚異的な速度で育ち、今では大樹という表現がぴったりな程立派に生えている。

その根元には歌仙の刀身が埋められていた。薬研はしゃがみ根元の、土が盛り上がっている箇所に手を添える。

「旦那、大将は暫く次のあんたを顕現するつもりはないらしい。…………正直、有り難いぜ、すぐに次のあんたと仲良くできる気はしねぇや」

歌仙が折れたと聞いた時手鞠に詰め寄った者は多かった。

信じていたのに、一振りたりとも折らないと言ったのに約束を破ったな。憤りながら詰め寄って来る刀たちに手鞠は何もせず、何も言わずただ佇んでいた。

抜刀騒ぎにまで至ろうとした時、騒動を止めたのは御神刀組と呼ばれる石切丸と太郎太刀、次郎太刀だった。美しい布の上に丁寧に置かれた歌仙の刀身を見た彼らは悲しそうな顔で呟いた。

「彼は、私たちの穢れのせいで折れてしまったんだね……」

手鞠を責めていた刀たちは一転して愕然としていた。
それもそうだろう。人を恨む己たちから生まれた穢れのせいで、大切な仲間が折れたのだと突きつけられては正気ではいられない。

それから暫くは本丸を絶望が覆っていた。

「大変だったんだぜ?自分たちのせいで、間接的にとはいえあんたを折ったんだって落ち込む旦那たちを慰めるのは」

誰もが絶望していた時でも手鞠は何もしなかった。何もせずそこにあり、刀たちを眺めていた。それを酷いという者もいたが、立ち直った者たちがそれを諫めていた。
薬研がどうして何もしようとしないのかと聞いたところ、手鞠は不思議そうに言った。

「落ち込んでる時に、何も知らない奴に大丈夫だよ!元気だして!とか言われたら苛立たない?」
「そりゃあ腹立つな」
「でしょ?だから私は何もしないんだ。慰められるなら、同じ境遇の仲間たちの方が良いじゃない」

それを聞いた時、確かに納得してしまった。それをそれとなく他の刀に伝えるとこれまた納得され、荒れていた刀剣たちも元に戻った。
なんだか大将が来てから大騒動だな、と薬研は薄く笑う。大変なこともあったが、救われたのも事実だ。

盛り上がった土の上には、遠征の度に摘んできた花たちが添えられている。この光景を見たら、あの文系名刀は一体何と言葉にするのだろうか。

「俺っちたちを、見ててくれよ。歌仙の旦那」

きっとこれからも前任の影に怯える日々はあるだろう。人を信じきれていない部分が人なんてと再び叫ぶ日があるかもしれない。
それでも前を見て進むから。己の本分を全うして散ってしまうその日まで、見守っていてくれ。

『仕方ないね、全く……』

困ったような呆れたような、優しい優しい声が聞こえていた気がする。
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