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2205年。歴史修正主義者たちとの戦いは苛烈を極めていた。
慢性的な人手不足に政府は適正有りと見なした者は老若男女問わず、その力の強弱も問わず本丸という最前線に放り込んだ。

家族と引き離された悲しみに暮れながらも付喪神――刀剣男士たちと絆を築いていく者。
突然のことに驚きながらも受け入れ、歴史修正主義者たちと戦っていく者。政府への思いに差異はあるものの、刀剣男士たちとの仲を深めていくことに違いはない。

が。

人が増えていくにつれ膿は出てくる。本丸という閉鎖空間、自分に忠実な見目麗しい者たち。末席とはいえ神々を従えているという優越感。諸々の要素が加わり、刀剣男士たちに無体を働く輩が出てきた。

レアと呼ばれる希少な刀たちを求め過剰な出撃をし手入れに当てられる予定の資材を鍛刀に注ぎ込む。気に入らない刀、よく手に入るといわれる刀は重傷を負っても放置。
見目麗しい刀、気に入った刀は褥に引き摺り込み夜伽の強制。手入れは進軍のことについて苦言を呈すれば、自分の言うことが聞けないのかと暴力の嵐。縁のある刀、力の弱い刀を人質に取り無茶な命令を下す。

政府や他の審神者に摘発され裁きが下された審神者が行ったことは凡そこのように分類される。それらが行われた本丸は、かつて社員たちを酷使していた企業――ブラック企業という造語になぞりブラック本丸と呼ばれるようになった。

そして、そんな本丸に顕現され審神者に無体を働かれた刀剣男士たちは、殆ど例外なく人間不信となり引き継ぎとしてやって来た無関係の審神者にも敵意を向ける。こんな状況に頭を抱えたのは政府だ。

何の因果かブラック本丸と呼ばれる本丸こそ希少な刀が揃っており、無茶な進軍を強いられていたからこそ練度も高い。

練度が高く即戦力になる刀剣男士。希少故にステータスも高い刀剣男士。苛烈を極めている今、少しでも戦力となるものを失うのは惜しい。
しかも末席とは神。荒御霊となり周囲を呪い妬み恨めば、戦況は一層不利となるし純粋に神の祟りというものが恐ろしい。

「貴方様に、再び荒御霊を鎮めていただきたいのです」

そんな政府はかつてとある人外に助力を求めた。無体を働かれたある刀剣男士が荒御霊となり怒りを鎮めようと訪れる者たちを片っ端から斬り殺していた。殺せば殺す程、その身を纏う穢れは濃くなり更に闇へと堕ちていく。

荒御霊を越え祟り神――鬼へと成り果てようとしていたその刀剣男士を救ったのは、この人外だった。斬られようと腕を切り落とされようと目を潰されようと喉を掻っ切られようとも人外が刀剣男士の傍に寄り添いその怒りを鎮めた。

今なお荒御霊だった刀剣男士とある人外に政府の役人は頭を下げた。ニコニコと笑顔のままの人外の考えが読めず役人は内心たらりと冷や汗を流す。否、どちらかと言えば恐ろしいのは人外の傍らに座る荒御霊だった刀剣男士――三日月宗近かもしれない。

どちらもニコニコと笑顔を浮かべている。

「相変わらず愚かな。俺というものを生み出してまだ学ばぬのか」

温厚な筈の三日月から出た言葉に役人は平伏するしかない。地獄という地獄を味わった三日月は人外という主によって心身の傷は癒しても尚、人への恨み辛みは消えていないようだ。

柔らかい笑顔だが役人を見る目は氷のように冷たい。役人は助けを求めるように人外を見るが人外は微笑ましいものを見るかのように此方を見ている。

「宗近くんが私以外と話すようになって嬉しいなぁ」

全く良くありません。
声を大にして反論したい役人だったが反論したところでこの人外が聞き入れることはないだろう。それに命が惜しい。随分と人外に入れ込んでいる三日月に首を斬られるのは絶対に避けたいことだ。

喉元まで出ていた文句を飲み込んで役人はもう一度頭を下げる。

「今回の本丸は、残っている殆どの刀剣男士様が荒御霊となりかけています。練度も高く、」
「刀解するには惜しい、か。人間とはほんに浅ましいものだな。還らせてやれば良いものを」
「…………お言葉ですが、三日月宗近様。刀解出来ない理由というものもあるのです。穢れたまま本霊に還ることは出来ません」
「本霊の為か」
「はい。古くから日本に御座す方々を穢す訳にはいけませんので」
「…………」

淡々と述べる役人を見ながら三日月は口元を着物の袖で隠す。役人からは見えないが、その口元は煩わしそうに歪められていることだろう。先程よりも冷えきった目と雰囲気が役人を襲う。

グチグチと姑のように文句を垂れ流す三日月を止めたのはやはりと言うべきか、彼の主だった。

「いいよ、引き受けてあげよう」

浮かべられた笑みは子どものように無邪気で老人のように穏やかで、女のように艶やかで男のように朗らかで。人外が何を考えそう言ったのか、役人と三日月には判らないように人外の心を隠していた。
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