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薬研は鍛刀部屋にいた。手鞠がここに連れてきたのか、と思ったが部屋に漂う霊力がそうではないと訴えていた。

懐かしい霊力。かつて己を構成していた力がそこにあった。懐かしさに目を眇めていると、見覚えのある女が部屋に入ってくる。真新しい巫女服を身に纏い、緊張した面持ちの女は薬研をこの世に呼び起こした審神者だ。

後ろに初期刀である歌仙を引き連れ、補佐式であるこんのすけに鍛刀のやり方を教わっている。鍛冶式に最低限の資源を渡し、一振りの刀が出来上がった。
恐る恐るといった手つきで刀に触れ、審神者の口が小さく刀の名を呼ぶ。それに答えるように桜の花弁が散り────現れたのは、自分だった。


『よろしくね、私の神様』


名乗りを上げた自分に審神者はそう言いながら柔らかく笑む。穏やかな気と優しい霊力に、このお人を守らなければと密かに決心したのはこの時だった。

それから歌仙と共に戦場に出て資材を集め、刀を集め、ゆっくりと本丸は賑やかになった。その中心で笑うのは審神者で、誰もかれもが彼女の為に刀を振るおうと決めていた。
穏やかな日々だった。優しい時間が流れていた。彼女が演練場で『三日月宗近』を見つけるまでは。

試合を行う部隊とは別に審神者を護衛する為について来ていた薬研に、彼女は言った。

『みんなの飲み物、用意しておこうか』。
演練場は万屋には劣るが観戦する審神者や刀剣男士の為にいくつかの売店がある。連勝している仲間へのご褒美として売店に向かう最中だった。彼女の目に三日月宗近が現れたのは。

徘徊癖があると評判の三日月だ、きっとかの刀剣男士も主から離れてふらふらしているのだろう。本丸にはまだ三日月はいないが、審神者の友人が困ったように言っていたのを思い出し薬研は苦笑した。

仕方ない御仁だな、なんて思いながらも目の前を歩く三日月に何か違和感を抱いたのを覚えている。たまに見かける三日月宗近よりも、どこか蠱惑的な────。

大将、早く帰ろうぜ。
そう声をかけようとした薬研は審神者を見てぎょっとした。頬を赤く染めてぼんやりとした目で三日月を見つめている姿は恋をする乙女のようだった。

審神者の熱い視線に気づいたのだろう、三日月がこちらを見た。ふわりと微笑みをこちらに向けた。

審神者は嬉しそうにしていたが、薬研は気が付いた。月が浮かぶその瞳には全く感情がこめられていない────むしろ嫌悪の感情が浮かべられていたことに。
恐らく、その微笑みが審神者の恋心に拍車をかけたのだろう。三日月を見たその日から、審神者は変わってしまった。

三日月宗近を求めて過剰な出陣。資源は全て鍛刀に注がれる。ドロップで三日月がいなければ怒り狂い、鍛刀で出てこなければ近侍だけではなく鍛冶式に八つ当たり。

自分勝手で暴力的になってしまった審神者に忠義を誓う者などいなくなってしまった。
刀剣男士は末席とはいえ神の一柱。負の感情を溜め込んでしまえば神域である本丸は穢れていく。どんどん淀んでいく空気。仲間の目が赤く濁っていく。

ここまでか、と思った。
ここで止めなければ取り返しのつかないことになってしまう。

『これ以上、変わっていく大将を見たくねぇ。俺っちの我儘だけどな』
『いや、薬研。君の気持ちは僕も判る。彼女との思い出が美しいまま、終わらせてしまいたい』

初期刀と初鍛刀。ずっと一緒にいたからこそ終わらせてやらなければ、と思うのだ。
歌仙と薬研は共謀し、審神者の命を奪った。手を汚すのは自分だけでいいと渋る歌仙を説得し、トドメを刺したのは薬研だけだが。

意識が黒い沼に引き摺りこまれていく。

このまま、終わりたい。『大将』、俺っちはこのままあんたとの思い出に浸って終わってしまいたい。

ああ、終わる。全てを闇に委ねようとゆっくりと目を閉じた。

「折らせないって言ったでしょ」

薬研の耳に届いたのは無愛想で、温度を感じさせない程冷たい声だった。
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