26


歌仙と別れた薬研が向かったのは手鞠がいる離れだった。手鞠の霊力に染まっていてもところどころで目に付く前任の痕跡に胸が痛む。

時間が過ぎるにつれ前任の笑顔が思い出せなくなっているのだ。代わりに思い出すのは暴虐の日々。そんな日々を思い出す度に自分の中から何かが漏れ出ていく気がしていた。

離れの入口で佇む薬研の前に、三日月が現れた。

「我が主に何用だ?粟田口の短刀よ」
「……ちょっと話してぇことがあってな。大将はここにいるんだろ?」
「……お主まで主呼びか……」

薬研の『大将』呼びに嫌そうな顔をしながら三日月は離れに向かって歩を進める。ついて来いってことか。特に反抗する理由もないので素直について行った。
一歩離れに入っていく度に体の中が手鞠の霊力で満たされていく。今の主は手鞠で、契約もきちんと成されている。

不愉快に感じることは何もないのに、それが妙に寂しく感じた。

「主。粟田口の短刀を連れて来たぞ」
「ああ、ありがとう。入ってもいいよ」
「褒めてはくれぬのか?」
「後でね。今はそれどころじゃないでしょ?」

手鞠がいる部屋に案内され、三日月が手鞠に声を掛けると入室を促される。薬研には目もくれず部屋に入った三日月は甘えるように手鞠に侍る。まるで猫のようだな、なんて微笑ましく見ていると手鞠の目が薬研を捉えた。

何も悪いことはしていないが居心地悪く感じるのは何故だろうか。

「こんにちは、薬研藤四郎くん。君と話したいことがあったんだ」
「奇遇だな、大将。俺っちもあんたと話したいことがあったんだよ」

置かれている座布団に座り、真っ直ぐと手鞠を見つめる。手鞠も薬研から目を逸らすことなく、見つめていた。

青と紫が交じりあう。

「前任を殺したのは君でしょ?」
「……最初から知ってたのか」
「んー知っていたといえば知っていたかな。誰も教えてくれなくて『見た』だけだから確信はなかったんだけど」
「大将は俺っちをどうするつもりだ?」
「特には考えてなかったなぁ。最初に言ったでしょ、誰も折らないし刀解するつもりもないって」

薬研の問いに緩く笑みを浮べながら答えていく手鞠。これから薬研が何を言うのか想像するのは容易い。
いつその台詞を言うのかと待っていると、薬研は鞘から刀を抜いた。それに三日月が反応したが手鞠が手で制した為動くことは出来ない。

手鞠の眼前に晒された『薬研藤四郎』の刀身は黒く濁っていた。

「後生だ、大将。俺を刀解してくれ。鬼となり仲間を、兄弟たちを襲う前に」

薬研はそう言うと深々と頭を下げた。その体勢からぴくりとも動かない薬研を横目に手鞠は『薬研藤四郎』を手に取る。
……成程、『なかった』ことにしても濁りは取れそうにない。

「主。既にその状態ならば刀解してやるのが優しさだと思うが」
「でも私は優しくないからねえ」
「俺の時のように易々とはいかぬぞ。それに時間がない」

三日月の視線が薬研へと移る。つられて薬研を見れば、その体は鬼へと変異しつつあった。ところどころから骨のようなものが生えており、遡行軍のような姿だ。

「早く俺を折ってくれ!!」

顔をあげ叫ぶ薬研の瞳は紫ではなく赤を纏っていた。手鞠が三日月に声を掛けるよりも早く、三日月は抜刀し薬研へと振り下ろした。
頭に衝撃を受け意識が闇へと落ちていく中で薬研の中にあったのは、『安堵』。ただそれだけだった。
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