25


薬研藤四郎は離れが見える縁側に腰を降ろしていた。
離れは前任の暴虐の象徴とも言える場所でそれ故に離れが見えるここに好んでやって来る刀は殆どいない。だから独りでいたい時はここに来るのが常だった。

薬研はこの本丸の初鍛刀だ。初期刀である歌仙兼定とずっとここにいた。
短刀の殆どが二振り目以降であるのに薬研だけは折られていないのは何故だろうと思うがそれに答えられる者はここにはいない。

「薬研。ここに居たんだね」

静寂が支配する場に現れたのは歌仙兼定だ。彼も何度も折られている打刀達の中で唯一折られていない刀だ。
傷だらけの体で、でもそれを感じさせない優雅な動きで歌仙は薬研の隣に座った。ふわりと香に混ざって血の匂いがする。

「……粟田口の刀たちが審神者殿の手入れを受けているそうだね」
「ああ、そうだぜ。これ以上放置されてたら兄弟たちは折れてただろうからな。ただ……いち兄が粟田口部屋に戻ってきたのは予想外だった」
「鶯丸殿が乱入したのもだろう?」
「確かにな!大将のことだ、予想してただろうがあの顔は傑作だった!」

なんとなくだが薬研はあの審神者が『本当』を見せていない気がしていた。偽って隠して何も見せない。
だが、一期との対話中に雰囲気が変わった瞬間だけその心の一片を見た気がするのだ。審神者が一体何に対して心を見せたかは知らないが。

「薬研。僕は君のことを高く評価している」
「ああ」
「確かに君は雅ではないし、料理をさせれば味噌汁の具の大きさがてんでバラバラな程には適当だ」
「ああ」
「けれど君は君の兄弟を、この本丸の刀たちを何よりも信頼し愛してくれている」
「…………ああ」

「……悪いのは僕なんだ。異変には気が付いていたのに気の所為だと目を逸らして、それがこの様だ。本当なら僕が、」
「旦那」

つらつらと言葉を紡ぐ歌仙の肩に手を置く。いつも凛としていて、張った空気を纏っている姿はそこにはない。
ただ、主を止めることが出来なかったことを悔いる忠臣がそこにいた。

「旦那はここの初期刀で、傷だらけの皆をまとめてきたじゃねぇか。そんな自分を卑下するようなことは言うな」
「だけど……!」
「俺っちは後悔してねぇぜ。ここに来て、あんたや前の大将と過ごした日々は良いもんだった。それを守れたんだ、あのお人の矜持を最後の最期であんたと守れたんだ。それだけで、いい」
「っ……薬研…!」
「じゃあな、歌仙の旦那。無理はすんなよ」

ポン、と歌仙の背中を軽く叩きその場から立ち去る。後ろから感じる、何か言いたげな視線には気付かないフリをした。

彼の名前は薬研藤四郎。粟田口吉光作の短刀で、粟田口の短刀に護り刀としての泊をつけた刀。
薬研は貫いても主の腹は斬らぬとまで言われた彼は、この本丸では主の矜持を守る為初期刀と共にその命を屠った主殺しの刀である。
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