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地に沈んだ一期を見て手鞠は笑顔を引き攣らせた。沈めた張本人は涼しい顔で一期を起き上がらせる。硬い鞘を頭にぶつけられた一期は完全に気を失っており暫く起きる様子はない。
「これで手入れができるな」
「う、うん…そうなんだけどね?鶯丸くん、ちょっと強引すぎじゃない?」
「一期とは付き合いが長いんでな、一度言い出したら聞かないこともよく知ってる。このままでは危ないんだろう?なら無理矢理でも手入れを受けさせるしかないじゃないか」
「…………じゃあ手入れ部屋に行こうか」
三日月に劣らずも勝らない、鶯丸のマイペースっぷりに手鞠は溜息をつくしかない。同じ人外である『僕』に度々トラブルに巻き込まれてきたからか、強引な展開には慣れているがどうも胃が痛い。
……人外でも胃が痛むものなんだなぁと考えながら、一期を抱えて手入れ部屋に行こうとしている鶯丸に続く。
「ああ、そうだ。ついでにと言ったら語弊があるけど、短刀くんたちも手入れしようか」
一期は夢を見ていた。暖かい光に包まれた、花畑のような場所だ。
ここは何処だろうかと疑問を抱く前に花畑で遊ぶ者たちを見て思考が停止する。弟たちがキャッキャッと声を上げながら遊んでいた。
同じ顔が幾つかあるので、前任によって折られた弟たちだろうと目星をつける。そしてそれは多分、間違っていない。
「お前たち……」
『いち兄!』『いち兄だ』『いち兄っ…!』
思わず声を漏らした一期を見つけると弟たちは顔を綻ばせた。本丸にいた時よりもずっと穏やかな顔に幸せなのだと悟る。
良かった、この子たちは幸せなのか。ほろりと涙を零した一期に心配そうな顔をした弟たちが駆け寄ってきた。
口々にどこか痛いの?大丈夫?と言葉にする弟たちを見ると余計に涙が出てくる。
もうこの子たちは恐れなくていいのだと、もう怯えながら生活することはないのだと思うと心底安心した。抱き締めようと思い手を伸ばすと、弟たちはそれを避けて一期に微笑みかける。
『いち兄、俺たち、もう大丈夫だ』
『もう痛くないですっ……!』
『なんか気負い過ぎてません?なぁ兄弟』
『そうだな兄弟。そろそろ肩の力を抜いてもいいと思う』
お前たちまで、私に忘れろと言うのか。
そんな残酷なことを言うのか。絶望した面持ちの一期に再び弟たちが近付く。
その体は淡く発光しており『本当の別れ』が近いのだと悟った。
『忘れろなんて言わねぇさ。ただ、前に進むぐらいはしてもいいんじゃねぇか?』
『ボクらはもう還るけどいち兄のこと、ちゃんと見てるからねっ!』
消えていく。守りきれなかった弟たちが消えていく。手を伸ばす。届かない。またこの手から零してしまうのか。
「待ってくれ……!!」
己の声で目を覚ました一期は、柔らかい布団の上に寝かされていたことに気づく。更にここは粟田口の部屋ではないことも。
部屋を見渡し、手入れ部屋に連れ込まれたのだと気付き小さく舌打ちをした。早く部屋に戻らなければ。弟たちが。
「待て、一期」
起き上がり、部屋から出て行こうとした一期を引き止める声があった。三日月宗近だ。
「そう慌てずとも、お主の弟たちならばそこにいる」
「………審神者が連れて来たのですか」
「いや。お主が嫌がるだろうと思ってな。俺と鶯丸で連れてきた」
「そうですか……」
布団の上に座り、弟たちの寝顔を眺める。穏やかな顔だ、こんなにも穏やかな顔で寝ているのを見るのはいつぶりだろうか。
先程までの怒りはどこかに行ってしまったようで、一期も穏やかな気持ちになる。
「その、審神者殿にお目通りを」
「なんだ。主を斬るのか?」
「なッ……!……もう斬る気は失せております」
靄が晴れたような、清々しい気分だ。もう害なす気持ちはない。ただ伝えたいのだ、今この場にいない弟────薬研藤四郎について。