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『お前は、三振り目だ』

昔馴染みが悲しみとか困惑とかいろんなものをごちゃ混ぜにしたような、何とも言えない顔で己はここで三振り目だと教えてくれた。
そういう彼もここでは何振り目からしい。否、彼だけではない。この本丸に在籍している刀で、一振り目はあまりいないだろう。

希少度の高いレアと呼ばれる刀と、その性格・性能が使えると判断された者と────審神者が唯一選んだ初期刀は折られることなく存在していた。彼らに審神者のことを聞くと皆が口を揃えてこう言った。

「昔は善良な人間だったのに」と。

穏やかで刀に傷があるのを良しとせず、例え目の前に大将首があっても傷ついているのなら撤退を指示するような────戦を知らない、平和な時代のただの人間だった。
三振り目の燭台切から見た彼女はヒステリックで刀剣をただの道具としか見ていない傲慢な人間だったが。

かつては慕われていた彼女の生に誰が終止符を打ったのか燭台切は知っている。知っているが、それを目の前の新しい審神者に言うつもりはなかった。
刀解や破壊はしないと言っていたが、同じ審神者を殺した者がいると知れば即座にその刀を刀解するだろう。人とは傲慢なものだから。

表面上はにこやかにしながらも全力で警戒しつつ燭台切は手入れを受けていた。
ポンポンと打ち粉を本体へ打ち付けているその手を斬り落としてやろうか、と危険な思考を抱きながらも実行に移さないのは新しい審神者の傍に控えている刀────三日月宗近が目を光らせているからだ。

他の刀は手入れをするといえば大人しく部屋から出て行ったというのに、この刀は意地でも審神者の傍から離れようとはしなかった。

三日月宗近。この刀さえいなければ憎い人間が殺せるのに。
自分たちはあんな目に遭わずに済んだのに。傷ついた刀身が綺麗になっていく度に押し殺していた感情が沸き上がっていくのを感じた。

「やっぱり天下五剣は美しいねぇ。君が傍に侍らすのも判るよ」
「私が自分から侍らせている訳ではないんだけどね。あんまりにも離れてくれなくて困っちゃうよ」

困ったように笑う新しい審神者────手鞠に抱いた気持ちは「白々しい」だった。本当は嬉しいくせに。心の内で嘲笑っていると読んだかのように三日月が鋭い目で見てくる。

そんな目で見なくとも、何もしないよ。今はね。

「主、まだ終わらぬのか?」
「暫くは終わらないかなあ。退屈なら外に出てもいいよ」
「嫌だ。また目を離した隙に首を刎ねられたら困るだろう」

首を刎ねられた?
三日月の言葉に燭台切の目は手鞠の首へと向かうがそこには傷跡一つ残っていない。何を世迷言を言っているんだろうか、この天下五剣は。訝しげに見てくる燭台切に手鞠は苦笑いを向けた。

そして手に持っていた刀を燭台切に手渡す。傷1つ、曇り1つない本体など目にしたのは随分久しぶりな気がする。

「大丈夫だと思うけど、不調があったらいつでも言ってね」

にこりと笑いながら手鞠は立ち上がり、それに追従するような形で三日月も立ち上がろうとしている。何も言わず燭台切は『己』に触れた。
途端、今まで抑えていたどす黒い感情が湧き上がってきた。

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い人が憎い殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

沸き上がる感情に逆らわず、燭台切は刀の柄に手をかけた。幸いというか、手鞠は背を向けているし最大の障害である三日月も油断している。今だ。
刀を鞘から抜こうとした瞬間、こちらを一切見ずに手鞠が口を開いた。

「『燭台切光忠』っていい刀だねぇ」
「────…………ああ、そうだろう?」

なんの下心もなく、純粋な賛辞の言葉。辛うじて絞り出した言葉はみっともなく震えていた。
ちらり、と三日月が見てくるが燭台切は気にすることは出来ない。こみあがってくる涙を堪えるのに必死だった。

沈黙する燭台切に声をかけることなく手鞠たちは手入れ部屋から出ていく。手入れ部屋から嗚咽が漏れていたが誰かが気付くことはなかった。
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