18


半ば引き摺られるように連れて来られた長谷部の目に映った手入れ部屋は、ガラリと様変わりしていた。

部屋の片隅に置かれている資材置き場に積み上げられた資材の山。前任が鍛刀に夢中になってからは埃を被っていた置き場に見たこともない量の資材が積み上げられている。
短期間でここまで資材が集まるものなのだろうか。何も言えない長谷部の代わりに鶴丸が呆れたように言葉を吐いた。

「おいおい……君、また追加で行ったのかい?」
「私が行った方が早いし沢山持てるからね!」
「俺はあの役人からもぎ取ればいいと言ったんだがなあ、聞き入れてはくれなんだ」
「政府の持ち物はある意味税金だからね、寄越せと言う程落ちぶれちゃあいないよ」

三日月の言葉に困ったように笑いながら手鞠は手入れの準備をする。その手つきは鳴れたもので、流れるように準備を終えると長谷部に手を伸ばした。手鞠の意図は判るが、己の本体を信じられない人間に渡すことには抵抗がある。

否。

本当はもう信用しているのだ。信じても大丈夫だと、この人間なら信じても仲間が害されることはないと思っているのだ。だが口は素直にそう告げてはくれない。

「……審神者に、人間に己自身を渡せと?ッは、随分と舐められたものだ。この中で俺は誰よりも早く貴様の首を刎ねることができるんだぞ」
「君にそんな考えはもうないでしょ?」
「…………、」

さらりと言われた言葉に何も返せない。それが意味するのは肯定だ。目の前の存在を本丸から追い出してやろうという確固たる意志はもうない。ほんの少し試しただけ。あまりにも無防備に近づいてくるから。

殺意を向けられても、刀を振るわれても両手を広げ敵意はないのだと言いながらずかずかと自分の領域へと入って来る姿は、遊んでほしいと強請るような子供だ。
そんな態度は長谷部の中で燻る「何か」を溶かしていった。暫く沈黙した後長谷部は己の本体である「へし切長谷部」を差し出した。

「俺は、俺自身に怒りを抱いている。主を殺して止めて差し上げることも、身を呈して仲間を救うこともできなかった……。主の傍に控えていたというのに、俺は、俺は……!そんな俺が腹立たしい……!!」
「そんなことを考えておったのか……」

膝の上で拳を握りしめ絞り出すように語られる長谷部の想いに小狐丸が呟く。その声色には仲間の苦悩を知らなかったという後悔の色が滲んでいた。

俯き目を閉じる。脳裏に浮かぶのは前任の優しかった頃。短刀たちと庭をかけ、歴史の偉人たちに仕えていた刀に教えを乞い戦術を学んでいった。誰かが傷つけば泣きそうになりながらも手入れを行い、労わってくれた。

何故狂ってしまったのか。何故道を違えてしまったのか。
確かに『天下五剣』は美しい。その美しさだけで天下五剣に数えられたという逸話があるのも納得の美しさだ。

だがそれは、己が血肉を与えた──ある意味子とも言えるような仲間との絆を捨てて求める程のものなのだろうか?涙を流しながら己の胸の内を吐露する長谷部を手鞠は少々冷めた目で見ていた。

人の形をした、人ならざる者。自分と同じ筈なのに自分よりも人間らしい刀剣男士に嗤う。
生きてきた年数の違いだろうか、それとも積み上げられた思いの強さだろうか。苦悩し、それを明かし、仲間との絆を深めていく長谷部の姿にほんの少しばかりの羨望を抱いた。

それから時間が経ち、手入れ部屋に来ていた者たちの手入れが終了した。 微々たるものだが刀剣男士たちが手入れを受け始めていた。
頑張ってるな、私。とぼんやりと考えていると、今剣が抱き着いてきた。

「あるじさま、ありがとうございます!ぼく、あるじさまのために、たくさんたーーくさんっしゅつじんします!」
「ありがとう、今剣くん。でも大丈夫だよ」
「主は、私たちに出陣しろとは言わないんだね」
「嫌がる子に無理強いしても効率悪いし、何より私自身が出た方が強いからね」
「そりゃあそうだ!」

面白そうに鶴丸が笑う。他の刀とも会話を交わしていると、視界の端で三日月が不貞腐れているのが目に入った。
自分をじじいと言う三日月だがこういう時は子供のようだと思う。手鞠は笑いながら三日月に声をかけた。

「宗近くん。おいで、」
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