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憎かった。自分にこんな仕打ちをする人間が、こんな感情を抱かせた人間が。
恨めしかった。愛されるのが当然だと、平然とした顔で『主』に愛を強請る目の前の天下五剣が。

沸き上がる激情をそのまま刃に乗せて長谷部は刀を振るう。仲間の為にだとかそういった理由はもう頭の中から抜け落ちていた。
何度も何度も、反撃をくらい己に傷がついても構うことなく三日月に向かっていく。

「存外しぶといな、お主。太刀と打刀だ、早々に決着がつくと思ったのだが」
「舐めるなよ……!幾度も過酷な出陣をさせられてきたのだ、ぬるま湯に浸かっている貴様に負ける要素などない!!」
「──……ほう?」

長谷部の強気な台詞に三日月の瞳が妖しく光った。青かった瞳が赤になりつつある。それの事実に長谷部は交えていた刀を離し三日月から距離を取る。
漂ってくる冷気と場を支配するような威圧感に背筋を震わせた。戦場でも中々お目にかかれない殺意と殺気にポタリ、と冷や汗が流れ落ちた。

警戒する長谷部の目の前で三日月の身体から黒い靄──瘴気が立ち上る。瘴気を纏ったまま三日月はゆらりと長谷部に近付いた。

「俺がぬるま湯に浸かっているだと?まあ今の主の傍はぬるま湯のように心地よいが、過去の俺もそうだと思われるのは心外だ。俺から見ればお主らの方がぬるま湯に浸かっておるぞ?手遅れになる前に助けられたのだから」

美しい刀身も瘴気に包まれる。歪だがどこか美しく見えるのは天下五剣だからだろうか。
桁違いの神気に気圧され長谷部は動くことができない。

「何故怨嗟の声を上げぬ。何故全てを憎まぬ。何故、正気を保っているのだ。堕ちるしかないというのならば、」

ゆっくりと刀を持ち上げる。その切っ先は迷うことなく長谷部へとむけられていた。刀に恨みを乗せ三日月は『敵』を見下ろす。刀を勢いよく振り下ろせば、構えることもせず呆然としている長谷部を折ることが出来るだろう。

その事実に歪な笑みを漏らしながら、三日月は刀を振り下ろし────

「何してるの?宗近くん」

長谷部に触れる直前で止めた。刀を長谷部に向けたまま目線を後ろにやれば、主である手鞠が呆れたような顔でこちらを見ている。
何をしているかだなんて愚問を。とぼける手鞠が面白くって三日月は笑い声を漏らした。赤く染まっていた目は元に戻っている。

「なぁに、害虫を処分しようとしているところだ。主は気にせず離れに戻っておいてくれ。俺もすぐ戻る」
「そんなの誰も聞いてないんだけどなぁ。宗近くん、……怒るよ」

はっきりと怒気を滲ませながら断言すると漸く三日月は納刀した。渋々といった様子で不満だと態度に出している。

それに触れることなく手鞠は未だ唖然としている長谷部に近付く。そこで手鞠に気付いた様子の長谷部が慌てて距離を取ろうとするが、それよりも早く手鞠が長谷部の腕を掴んだ。離せ、と長谷部の喉がそう言葉を作る前に手鞠が言葉を放った。

「へし切長谷部くん。ちょっと手入れ部屋で私と話さない?」

有無を言わさず手入れ部屋に連れて行かれる長谷部。ジタバタと暴れるも、折れてしまいそうな細腕が長谷部から離れることはない。

一体どこからこんな力が出ているのか。人ではないというのは本当なのか。首を刎ねても尚生き返った手鞠を見ても信じることの出来なかった事実を実感した。
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