14


障子を開けた手鞠の目に広がったのは縁側の向こう側――――庭で仰向けに倒れているカソック姿の男と、その男に馬乗りになり刀を抜き今まさに首を刎ねようとしている三日月の姿だった。

思わず口から零れたふざけた言葉に三日月が此方を見る。そして傷一つない手鞠を確認すると、太刀とは思えぬ機動で縁側に乗りそして抱き着いてきた。
その際、握ってきた『本体』を放り投げているがそれを気に掛けるようでもない。完全に手鞠しか目に入っていないようだ。

「もう二度と、目を覚まさぬのかと思った、」
「ワザとではなかったんだけどね。ごめん、心配かけちゃった」

常の三日月では考えられない程のか細い声に思わず笑ってしまう。
普段であれば瞬きの間に息を吹き返すのだがいつになっても起き上がらない手鞠に不安を抱いたのだろう、離さないといわんばかりに力を込めながら抱き締められる。

肩に三日月の頭が擦りつけられ、絹糸のようなその髪の毛が少々くすぐったい。

ミシミシ、と己の内から軋む音が聞こえてきて手鞠はこのまままた死ぬのかとぼんやりと思う。別に死ぬことに抵抗がある訳でもないし恐怖がある訳でもない。ただ、暫く来ないとあの人外に宣言したばかりなのにもう行くことになるのか、と思う。

流石にそれは遠慮したい、退屈だとぼやいていた彼女はきっと笑うだろうから。どうやって力を弱めさせるかと考えていると、三日月の肩越しにカソック姿の男と目が合った。

「何故だ、俺は確かに首を……」

その言葉だけで、カソック姿の男――――へし切り長谷部が己の首を落としたのだと確信する。

そうか、彼が久々に自分を殺してくれたのか。
妙に嬉しくなってしまい、長谷部に近付こうとして自分が未だに三日月に抱き締められていることに気付いた。
なんとか三日月の腕の中から出ようともがく手鞠に、三日月は不機嫌そうに言葉を零す。

「俺というものがありながら、主は他の刀を求めるのか」
「求めてはいないよ。求めているんなら、あの本丸でとうに鍛刀してる」
「……其方がいるということをまだ確認していたい。だから、どうか、俺の腕の中から逃げようとしないでおくれ」

迷子になった子供のように、捨てられそうな子犬のように、手鞠を見下ろす三日月。
三日月に甘いといえば甘い手鞠は口を閉ざし動きを止める。では、と出て行かない代わりに手鞠は長谷部に向かって口を開いた。

「有難う、私を殺してくれて」
「なっ……!」
「死ぬことはできなかったけど、昔馴染みにも会えた。君のお陰だよ、有難う」
「礼を言われることなど、何も、」
「私にとっては有り難かったから。何も言わず受け取ってよ」

手鞠の感謝の言葉に長谷部は言葉に詰まる。

何もしてないのだ、何も。
死にたいと呟いていたからこれ幸いと主命と言いながら首を刎ねた。激昂した三日月に折られそうになったが、元々刀解の希望を出していたのだ。折られても文句など出ない。

長谷部は地面に座り込んだまま何も言えない。感謝されるというのは、こんな気持ちなのだろうか。じんわりと胸に広がっていく感覚は初めてのものだ。

「いつまでも地面に座り込んでちゃ服が汚れるよ?ちゃんと綺麗にするんだよ」
「ま、待て!どうして、お前は、」
「主、早う部屋に入ろう。主の淹れた茶が飲みたいなあ」
「はいはい」

困ったように笑いながら去って行く手鞠の姿を長谷部がじっと見ていた。目に焼き付けるように、瞬き一つせずに。

その様子に三日月は舌打ちをする。ここに来てから手鞠を主と慕う刀が増えて来た。
三日月はそれが気に入らない。自分だけの主が、自分だけのものではなくなっていく。
苛立ちと共に沸き上がるのは、神隠しという言葉。だがその言葉を否定するように手鞠が前を向いたまま言葉を放った。

「神隠しなんかしたら嫌いになるよ」
「う、うむぅ……」

隠されても、多分自力で帰って来れるだろうけど。心の中で呟いた言葉は暫く誰にも言うつもりはない。
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