13


伊万里手鞠は人外である。
死なない人外、殺されない人外。それでもいつだって他者からもたされる死を望む彼のことを周りは『他殺志願者』と呼んだ。

自我を持った時から「完全な死」を望んでいるのにそれが叶ったことがないのは今も尚生きている手鞠を見れば一目瞭然だ。

「主命とあらば、主の首を刎ねましょう」

死にたいと呟いた彼の首を上辺だけの忠臣が刎ねた。









「久しぶりだね、他殺志願者。何年ぶりの再会かな?」
「元気そうだね、平等主義者。百年と数十年だ」

いつもと同じ着物を着て手鞠は見知った教室にいて着席していた。見覚えが、と周囲を見渡す前に朗らかな声に話しかけられ前を見る。教室の前に置かれた教壇に座り艶やかな黒髪の少女がニヤニヤと笑いながらこちらを見下ろしていた。

平等なだけの人外、安心院なじみ。
百年と数十年前にかつて英雄と呼ばれた男に殺された人外がそこにいた。

「できないことを求める為だけに作った学校にそんなに未練あるの」
「あるに決まってるじゃないか。僕が僕の為に作った僕だけの箱庭だぜ?未練の一つや二つ、あってもおかしくない」

ごろん、と教壇の上で体勢を変える安心院は死んで体がなくなっても変わらず自由で、手鞠は知らず知らずのうちに溜息をついた。いつだって振り回されてきたのは嫌な思い出だ。

ちらり、と横目で教室を見渡す。誰もいない。孤独の牢屋のような場所。
まるで地獄だ。思わずそう呟けば、安心院が笑う。教室が地獄だっていうのは否定しないぜ。

「相変わらず死にたがりなのは変わってないんだね、君。あんなにも簡単に首を刎ねられてさ、どうかしてるぜ」
「死にたがりは変わってない。今も昔も、ずっと死にたい。考えたくない。無意味で無価値なこの世界から消えてしまいたい」
「そう言う割には今、楽しそうじゃないか」
「…………」

楽しそう、という自覚はなかった。顎に手を当て考える。
今。見ず知らずの人間の尻拭いの為に殺意を向けられ、敵意を向けられ。末端であるが神に求愛され、それをのらりくらりと躱す。こんな生活が楽しいというのか。

考えて、考えて一つの結論に辿り着いた。

この世に存在して、数えるのも億劫になる程生きてきた中で一番今が楽しいかもしれない。その結論は、ストンと胸に落ちてきた。なんだかすっきりした気分だ。

「そう、か。これが楽しいか」
「その言い方さ、今まで楽しいことがなかったみたいじゃないか。あんなに僕が巻き込んでやってたのに酷いぜ」
「意味が判らない」

自由気ままな同胞に対しそう吐き捨て手鞠は扉へと近づく。取っ手に手をかけると後ろから残念そうな声がかかった。
どうやら殺され、魂だけの存在になってから随分と退屈な時間を過ごしているようだ。だからといってここにいてやろうという気持ちは手鞠には一切沸かなかったが。

「そんなに退屈なら早く生まれておいでよ。あの子が寂しがってたよ」
「気が向いたらね。暫くはここにいるから、いつでも待ってるぜ」
「生憎と暫く来る予定はないね」

ピシャリと教室の扉が閉じられた。






目を開けるとどうやら寝転がされていたらしい、天井が視界いっぱいに広がった。隙間なく閉められた障子の向こう側が騒がしい。

気怠い体を起こすと何か布が落ちた。拾い上げてみるとそれは青い狩衣で所々赤黒く変色している。三日月の狩衣が手鞠の血で汚れた状態で体に掛けられていたようだ。

ポンポンとニ、三度叩き血の痕を『なかった』ことにすると綺麗に畳むと、それを腕に抱える。持ち主はどうやらこの喧騒のいるようなので、仲裁も兼ねて直接行くかと手鞠は障子を開けた。

そこには修羅場が広がっており流石の手鞠も驚いたようだ。口から漏れたのは、

「宗近くん、無理矢理はよくないと思うよ……?」
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