09


母屋の少し奥まった場所に手入れ部屋はあった。中にはおびただしい程の血が広がっており、手入れ道具である打ち粉や刀剣男士を寝かせる為であろう布団の上にはうっすらと埃が積もっている。

「鶯丸くん。顕現してから手入れって受けたことある?」
「覚えている限り受けた覚えはないな。前任は……鍛刀に全ての資材をつぎ込んでいた。三日月宗近、お前が欲しかったらしい」
「ふん。かような低俗な人間の元に俺が降りる訳がなかろう、おぞましい」
「……お前の為に折れていった仲間たちが聞いたら激怒する言葉だな」

冷たい三日月の言葉に鶯丸は彼らしくなく溜息をつく。
三日月といえば、面白そうに袖で口元を隠している。隙間から見える表情は笑顔だが、その真意は袖に隠されわからない。

「そのせいかな?手入れをするのに資材が足りないねえ」

資材が置かれる筈の場所に資材は欠片もない。足りないどころか全くないが、手鞠は楽しそうにコロコロと笑っている。

手鞠が笑うことの真意は、三日月以上にわからないだろう。三日月も鶯丸も呆けたように手鞠を見詰めている。三日月は途中で諦めたように息を吐いたが。

「うん、うん、私こういうの好き。うふ、うふふふふ」
「主。あるじや、楽しそうなのはいいが俺にも其方が考えていることを教えておくれ。笑ってばかりでは俺にはわからぬ」
「ああ、ごめんごめん。うふふ、久々に楽しくって」
「……俺と二人っきりの時は楽しいことなどなかったということか」
「拗ねないの。そういう訳ではないから、ね?」

わざとらしく拗ねる三日月を、笑いを漏らしながらも宥める手鞠は本当に楽しそうだ。

ごめんね、と言いながら三日月の濃紺の髪を撫でる。その様子を鶯丸はほんの少し羨ましそうに見ているが、ちらりとこちらを挑発するように見てくる三日月を見て吹っ切れたようだ。

「主、俺のことも撫でてくれ」
「ちょっ」
「主の刀は三日月だけではないだろう?」
「……はいはい」

困ったように笑いながら頭を撫でてくる手鞠に鶯丸は満足そうに笑いかけた。体は未だ傷だらけで動けば時折痛みが走るが心は満ち足りてる。

ふわり、と視界の端に落ちた誉桜。
前任がいる時には見られなかったものだ。如実に喜びを表す桜の花弁に少し照れくさくなるが、細かいことは気にしないことにした。

「……君たちは何をしにここまで来たんだ、手入れしに来たんだろう?」
「鶴か。どうした?」
「いや、君が審神者に連れ去られたと聞いて来たんだが……随分と楽しそうだな、鶯丸」

呆れたように障子の向こう側――――手入れ部屋の入り口を塞ぐように白が現れた。といっても、傷から滲み出る赤で汚れているが。

鶴、と呼ばれた白も刀剣男士だろうか。きょとりとしたまま三日月と鶯丸の頭を撫で続ける手鞠を、白い刀剣男士は満月のような金色の瞳で見続ける。

「君も手入れしに来たのかな?」
「……君なんぞに手入れされるつもりはないが、どうするんだ?鶯丸の手入れをすると大口を叩いていたようだが、見ての通りここには資材なんて一粒もないぜ」
「心配してくれてるの?ありがとう」
「審神者なんぞの心配なんてするつもりはさらさら無いがね。資材がないからと言って鶯丸をここから出そうとしてみろ、その首飛ばす」

じわり、と金色に赤が滲む。かなり危ないな。見えない位置で三日月が柄に手をかけるがそれを手鞠がそっと制する。

二コリ、と先ほどまでの楽しそうな笑顔を引っ込め手鞠は胡散臭そうな笑顔を浮かべた。白い刀剣男士もそれは思ったのだろう、怪しいものを見るように眉をしかめ不機嫌そうに目を細めた。

「大丈夫だよ、資材集めに行くのは私だから!」
「……は?」
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