06


「……何で此処にいるの」

太宰との逢瀬を終え、帰宅した千尋の目に入ってきたのは何故だか自室にいる諸伏と降谷の姿だった。大方二人に甘い母が招き入れたのだろうが、まさか自室にまで勝手に入ってくるなんて。思わず口から冷ややかな声が零れてしまったが二人が気にした様子はない。
部屋に入り、鞄を机に置いていると表情を削ぎ落とした諸伏が口を開いた。

「なぁ、あの男は誰なんだ」

固い声で諸伏が言う。あの男、が誰のことか判らず千尋は目を瞬かせた。この二人が千尋の傍から誰かを排除しようとするのはいつものことなので、具体的に言われないと判らない。
首を傾げている千尋に興奮した様子の彼が肩を掴んできた。

「っ今日見たんだ!あんなに近くに置いて……千尋の傍にいてもいいのは俺たちだけだろ!?」
「っ、」

激昂した様子の諸伏に肩を掴まれ揺すられながら成程、と納得する。どうやら太宰と会っていたのを目撃されていたらしい。別に二人は千尋の恋人でもなく、ただの幼馴染なのだから責められる筋合いはない。だがきっとそれを伝えても無駄だろう。
反論も抵抗もせず大人しく諸伏に揺すられていると、降谷が諸伏の肩を掴み止めた。

「落ち着け。そんなに責めたら千尋が何も言えないだろ」
「……悪い。頭に血が上って」

 降谷に宥められ、ようやく落ち着いたらしい諸伏が千尋の肩から手を離す。助け舟を出してくれたのは有り難いが、正直に言って落ち着いているように見える降谷の方が面倒だろう。この後何を言われるのか判ったもんじゃない。何を聞かれても太宰のことを教える心算はないが。
 諸伏を落ち着かせた降谷が真っ直ぐに千尋を見る。その表情は穏やかで、逆にそれが恐ろしい。

「もう大丈夫だから安心してくれ、俺たちが助けてやる」
「……は?」
「千尋は優しいから其奴に騙されてるんだ。そうだろう?でも、俺たちがいるから。俺たちが千尋のことを守るよ」

 そっと壊れ物に触れるように手を握られる。安心させるためか、ずっと浮かべている笑みに嘘は見えず心の底から千尋が騙されていると信じているのだろう。
嘘がないことが逆に腹立たしくて腹立たしくて────千尋は思わず降谷を睨みつけた。

「…………巫山戯ないで」
「……千尋?」

 絞り出した、怒りの声は思いのほか大きかったようで部屋に響く。此方を心配するような、窺うような降谷と諸伏の視線に段々と腹が立つ。
千尋が怒っていると判っているだろうに手を離そうとしない降谷の手を振り払い、二人を睨み付けた。

「っ何も知らない癖に…!知ったような口叩かないでよ!」

 それは今までの我慢全てだった。どうせ判ってもらえないからと口にするのは諦めていた言葉だった。
自分の理想に千尋を当てはめて、他の誰も寄せ付けず────それで千尋が幸せになると本気で信じているのだろうか。否、きっと自分たちだけで幸せに出来ると心の奥底から信じているからの行動、発言か。
そう思うとむかむかとしたものが腹に溜まっていく。

「お、落ち着けって!そりゃあ千尋にも秘密にしたいことくらいあるよな、でも俺たちだって」
「黙って!!」
「千尋、」

 宥めようとする諸伏を甲高い声で制止する。ツン、と鼻の奥が痛んでこのままでは泣いてしまいそうだ。生きを深く吸って吐いてを繰り返し、心を落ち着かせる。
今更だけれど、この二人に弱いところを見せるのは癪だった。

「………出ていって」
「千尋。泣かないでくれ、泣かれたら」
「泣いてない。だから、出ていって」

 目元に伸びてきた降谷の手を叩き落す。それにショックを受けたような表情を見せるものだから嘲笑が零れてしまう。何があっても千尋が受け入れてくれるとでも思っていたのか。────なんて、馬鹿らしい。
 理解してくれ、受け入れてくれなんて独り善がりなことは云わないので。其方も理解してもらえることを、受け入れてもらえることを当たり前だと思わないでほしい。
 千尋の明確な拒絶に二人は戸惑い、困惑しながらもこれ以上踏み込むのを止めたようで、降谷がそっと離れていく。

「また、来るよ」
「………もう顔も見たくない」

 部屋を出ていく二人に冷たい言葉を投げ掛けてしまう。けれど、これで少しは自分の心情を判ってくれたらいいのだが。
────卒業式間近の日のことだった。



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