05


「警察官になろうと思うんだ」
海のような青い瞳を真っすぐと向けてそう云った降谷に千尋は「そう」とだけ返した。

放課後。部活がある諸伏は置いて、二人で帰路についていた時のこと。なんだか妙に真面目な顔をして切り出すものだから何事かと思えば、降谷が千尋に告げたのは将来の道のことだった。
そういえば進路希望の調査票出せって云われてたなァとぼんやり考えていると、降谷は千尋を見つめたまま更に言葉を重ねる。

「この国を、千尋のことを守れるような強い人間になりたいんだ」

──正直に云って。今の降谷は千尋にとって面倒臭い部類の人間であるし、自分の将来なのだから千尋のことなど考えず好きにしたらいいと思うのだが。

周囲の人間とは違う色を持って生まれ落ち、時には迫害じみた扱いを受けながらも折れることなく真っすぐにこの国が好きだと云う姿は、尊敬に値すると思っている。このまま幼い頃の、千尋に依存する前に戻ってくれたらと思いながら千尋はごく普通に「頑張ってね」と言葉を投げかけた。

「その…だから、一人前になるまで俺と景のことを待っててくれないか?絶対に迎えに行くから」

男らしい手が縋るように千尋の手を握る。他の女子には触れることすらしないというのに、千尋には何の躊躇いもなく触れるものだから付き合っているのではないか、と噂されていることを降谷は知っているのだろうか。
否、彼のことだから屹度知っていて、何も云わないのだろう。否定も肯定もせず、外堀を埋めていくのだ。

真っすぐに此方を見る青い瞳を見つめ返す。夕日を反射してキラキラと輝く瞳は千尋が頷かない訳がないと信じて疑わない。
その瞳から不自然ではない程度に目を逸らしながら、千尋は口を開いた。

「あのね、降谷くん」
「なんだ?」

私ね、付き合っている人がいるの。降谷くんたちといると疲れるの。
近付くなとは云わないから、せめてもう少しだけ離れてほしいの。
──そろそろ、私を解放してくれてもいいんじゃないかな。

心の中に浮かんでは消えていく言葉の全てを口にすることが出来なくて、云いたいことを飲み込んだ千尋は「何でもない」と告げて掴まれたままの手を引いた。が、降谷は手を掴んだまま離してはくれない。

「千尋」

力強く名前を呼ばれ、千尋はのろのろと降谷へと視線を向ける。矢張り降谷は、真っすぐに千尋のことを見ていた。

「悩んでいることがあるなら俺たちに気兼ねなく相談してほしい。絶対に力になるから」
「……有難う」

曖昧に笑って感謝を述べて、彼らの傍から離れたいと思っているのだと知ったら二人はどうするのだろうかと少しだけ不思議に思った。




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「元気がないみたいだけど大丈夫かい?」
「え」
「顔に出てるよ」

降谷と諸伏に隠れて、太宰との逢瀬の最中。人の多いデパートの中をぶらぶらと歩いていると急に太宰がそんなことを云いだした。体調が悪い訳ではないので太宰の言葉の意味が判らない。
そう見えるような、何かがあっただろうか。目に入った窓硝子に映る自分の顔をちらりと見てみるが、そこにあるのは見慣れた自分の顔。顔色が悪かったり、隈が出来ていたりなど変わった様子は何処にもない。

「そう、かな」
「君、昔からすーぐ顔に出るよね。姐さんといる時とかさぁ特にデレデレしちゃって」
「…そんなこと、ないよ」

演技で表情を作ることはあったけれど、普段の生活はそうでもなかったような気がする。そういう顔をしていたのならデレデレすンな、の一言と共に中也に怒られるようなことは無かったし、そもそも顔に出やすいというのなら「羊」の誰かに鉄仮面女、だなんて可愛げのない渾名を付けられることも無かっただろう。

訝し気に太宰を見上げると、太宰は──甘く蕩けてしまいそうな程優しい顔で笑っていて。千尋は思わず息を飲んだ。
こんな、こんな表情をするようなひとだったか。

「判りやすいよ。私が好きで好きで堪らないって顔してる」
「っ、そんなの」

揶揄うような言葉に体温が上昇していく。そんなの、千尋だけじゃない。此方を見る太宰こそ、そんな顔をしているのに。
なんだか太宰を見ているのが恥ずかしくなって、千尋はそっと顔を背けた。

────だからだろう。此方を驚愕の目で見ている、諸伏の姿に気付くことが出来なかった。



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