03
「治く、治くん…!!」
「やっと君に会えた………」
泣きながら自分よりも逞しい体に縋りつく。
離さないといわんばかりに抱き締められ、公衆の面前であるということも忘れてその腕の中で涙を零す。
自分たちの嘗ての関係を考えると想像できない体勢ではあるが、今の千尋にそれを考える余裕はない。
「ずっと、ずっと会いたかったの、それで私……!」
「……うん。私もだよ」
云いたいことは沢山ある。でも胸がいっぱいでそれは言葉にならない。しかし太宰は理解してくれたのか、優しく千尋に声をかけてくれた。
ああ好き。意地悪で、でも優しくて。いつだってその手に触れてもらうことを、その目に映ることを望んでいた。こんなに近くにいていいのか、と頭の片隅で冷静な自分が疑問に思うけれど伝わってくる体温が離れがたくさせる。
千尋が子供のように号泣していると、また懐かしい声が聞こえてきた。
「おい、糞鯖野郎!手前、勝手に……」
人ごみを掻き分けて現れた、夕焼け色の髪。
それを視界に入れた瞬間千尋の瞳から更に涙が溢れた。
「中也………」
「…は?千尋…?」
「中也ぁ…!」
太宰の腕の中から抜け出して次は中也に縋りつく。
ああ神様、やっと私のお願いを聞いてくれたのね。
すんすんと鼻を鳴らしながら中也の胸の中で涙を零す千尋に太宰が声をかける。
千尋、と名前を呼ぶ声は今まで聞いたことがない程甘い色を乗せていて、千尋は涙で濡れた睫毛をぱちりと揺らす。
そして気付けば中也の腕の中から太宰の元へと引き寄せられていた。
「っ、」
ゆっくりと頬を撫でる大きな手が優しく顎を掬う。それに抗うことなく顔を上げると、甘く蕩けた瞳と目があった。
どきどき、どきどき。
此処だけ世界が違うように思うのは気の所為だろうか。
何かを云おうと口を開いて、でも何を云えばいいのか判らなくって千尋は口を閉ざす。きゅ、と結ばれた唇に────柔らかいものが触れた。
それが何なのか認識する前に離れていったけれど、一体何が触れていたのかは判る。
太宰の唇だ。
触れるだけで離れていったけれど、薄く笑みを形作っている唇と自分の唇が重なったのだ。と認識した瞬間、千尋の頬は林檎のように赤く染まった。
「ずっと君に伝えたいことがあったんだ」
泣きそうな顔で、震える声で太宰が云う。
何を伝えたかったのか聞いてしまいたいけれど、聞いてしまったら。
────死んでしまいそう。
「君が好き」
「っ、」
駅前の喧騒に溶けて消えてしまいそうな小さな声だったけれど、千尋の耳にはしっかりと届いたそれに鼓動が爆発してしまいそうだった。
「だから千尋も、私のことを好きになってくれないかい?」
「っそんな、そんなの、」
懇願するような目をしなくたって。
千尋はずっとずっと太宰のことが好きなのだ。死んで生まれ変わって、幼馴染たちから潰れてしまいそうな愛を向けられたって千尋の心はいつだってだ地のものだった。
賢い頭を持っているくせに知らないのかな、なんて。
少しばかり笑みを零しながら千尋は手を伸ばし太宰に抱き着いた。
「私も、ずっと治くんが好き」
吐息混じりの返事はしっかりと伝わったらしく、潰れてしまいそうなほど強い力で抱き締められた。
後ろから中也の「やっとか」だなんて呆れた声が聞こえてきたけれど、それは聞こえないふり。今はただ服越しに伝わる体温に浸っていたかった。
だというのに鞄の中から聞こえてくる着信音がそれを邪魔する。
途切れてはまた鳴り出す携帯に中也が顔を顰めた。
「おい、大丈夫か?すげェ鳴ってンぞ」
「………そういえば」
幼馴染たちとはぐれてしまって、そのままだった。
着信の主に覚えがありすぎて千尋は慌てて携帯を取り出し画面を確認する。するとそこにあったのは予想通りの人物の名前で、そうっと息を吐く。
途切れたと思ってもすぐさまかかってくる着信に億劫になる。
きっと半狂乱になりながら自分を探しているのだろう。そんな二人とこれから合流しなければならない、と思うと気が重いが放っておけばもっと大事になってしまうのは過去の経験で判りきっている。
このまま太宰たちと行ってしまいたいのを堪えて、千尋はそろりと太宰と中也を見た。
「また、連絡するから。その…会ってくれる?」
二人から返ってきた是の答えに、千尋は嬉しそうに頬を緩めた。