02


千尋には友人と呼ばれる存在がいない。嘗ての生で共にあった「羊」のメンバーたちは友人というよりも家族のようなものであったし、マフィアに入ってからは自分よりも年上の人間ばかりで友人と呼べるような存在はいなかった。
なので再び生を受けた、と気付いた時に願ったのは「友達を作りたい」という素朴なものだった、が。この世に生まれて十六年。その願いは未だに叶っていない。

「なんであんたなんかが降谷くんたちとずっといるのよ!」
「ちょっと顔がいいからって調子に乗らないでくれる?」

人気のない校舎裏。殺気立っているクラスの女子たちに壁際まで追い詰められながら、千尋はそっと息を吐いた。

こんなことになっている原因は幼馴染────降谷零と諸伏景光である。
同年代の男子と比べ整った顔立ちで、飛び抜けて優秀な二人は同級生どころか学校中の人気者だ。そんな二人に近付きたい、親しくなりたいと思う女子は多い。だが二人の傍にはずっと千尋がいる。それが千尋の意思ではないとしても、そんなことは他の女子には関係ない。彼女らからすれば千尋はただの邪魔者である。

「どうしてあんたばっかり…!」

歯ぎしりをしながら睨みつけてくる女子に気付かれないように息を吐く。
いつもこうだ。傍から離れない降谷と諸伏の所為で女子たちに妬まれ、友人の一人も出来ない。残念がる千尋に二人は嬉しそうに笑うのだ。「他の人間なんていらないだろ?」と。
また今回も友人が出来なかったことを喜ぶんだろうなァ。黙り込み、ぼんやりと考えているとそんな態度が気に入らなかったのか、苛立った様子で女子の一人が声を上げた。

「何か云ったらどうなのよッ!」

手が降り上げられ、頬に衝撃が走る。じんじんと痛む頬に叩かれたのだ、と理解する。
これで彼女らの気が晴れたらいい、と思っているとこの場には似合わない、明るい声が響いた。

「お前ら、何してるんだ?」
「も、諸伏くん…!?」

ニコニコと笑っている幼馴染。口元は笑みの形を作っているけれど、その瞳は氷のように冷ややかだ。

「違うの!これは!」
「何が違うんだ?千尋のことを叩いたよなぁ?」

慌てて弁明しようとした女子の言葉をばっさりと切り捨てる姿を見て、そっと息を吐く。ああやっぱりこんなことになってしまった。
普段の諸伏からは想像できない冷ややかな声に、雰囲気に女子たちは肩を震わせている。諸伏が此処にいるということは。

「千尋に手を出してただで済むと思ってるのか?」
「ひッ…!」

いつも浮かべている穏やかな笑みではなく、歪な笑みを浮かべたまま現れた降谷に小さな悲鳴が聞こえた。
一歩、また一歩と近づいてくる降谷が纏う怒気に彼女らは怯え、肩を寄せ合って震えている。その姿が見ていられなくて、千尋は「降谷くん」と名を呼んだ。すると途端に瞳を和らげた降谷は、穏やかな笑みを浮かべて「何だ?」と問うてきた。その声の甘さに少々うんざりしながらも、それを気付かせないように小さく笑みを浮かべ口を開く。

「駅前のクレープ、食べに行きたい」
「ああ、いいぞ!一緒に行こうか。でも此奴等を片付けてから行くから、少しだけ待ってくれるか?」
「やだ。今がいい」
「千尋……」

青い瞳が揺れる。迷っている様子に追い打ちをかけるように「だめ?」と小首を傾げながら聞くとうぐ、と声が漏れている。
何よりも千尋を優先してくれる降谷のことだ、きっとこのまま粘れば折れるだろう。

「……判った。行こうか」

その言葉にほっと息を吐く。とりあえずこの場は収められそうだ。なんとか有耶無耶にして、降谷たちの記憶から消さなければ。そう考えながら甘えるように降谷の腕に抱き着く。
千尋の態度に嬉しそうに瞳を蕩かせる降谷を急かし、その場から足早に立ち去る。
────彼女らが恐怖に満ちた瞳を向けてきたが、それには気付かないフリをした。


駅前の喧騒に混じって溜息をつく。
いつまでこの生活は続くのだろう。押し潰されてしまいそうな愛を渡されたって、千尋にそれを返すことは出来ないし返す心算もない。だって千尋が好きなのは。

くん、と後ろから何かに腕を掴まれてたたらを踏む。痛い程に掴まれた手首。降谷と諸伏の姿が人ごみに消えてしまったのを見ながら、後ろに首を向けて────

「千尋、?」

忘れかけていた声。いつも思い出していた姿がそこにあって、千尋の瞳からぽろりと涙がこぼれた。

「治、くん……」

これは現実だろうか。それとも夢か幻だろうか。色んな可能性が頭をよぎっては消えていく。
期待してはいけない、とは思う。だって期待してしまった分、違ってしまっていたら、もう立ち直れない気がする。

「千尋…ッ!!」

ぎゅう、と強い力で抱き締められる。伝わる体温がこれが現実だと教えてくれる。
あんまりにも優しくて、嬉しくて、千尋は泣きながらその体に抱き着いた。



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