01


前世の記憶があるというのは些か厄介である。と、千尋は思う。
死んだと思ったら何故だか赤子に生まれ変わっており、しかもこの世界には魔都・横濱も異能力も存在していない。即ちそれは、この世界には千尋が愛した人々がいないということで──幼い頭に浮かんだ事実に、涙を止めることは出来なかった。

会いたい、会いたい。恋しい、恋しい。要領を得ぬ幼子の戯言を今世の父母は優しく聞いては、優しく宥めてくれた。
何も怖がることはない、安心して愛されて。繰り返しそう言葉にする父母は、以前の生では得ることの出来なかった「親からの愛」というものを目一杯千尋に注いでくれた。それを嬉しく思うし、幸せだと思っていたけれど──千尋が求めているものは、違う。
幼い故に繰り返していた戯言は成長と共に口にしなくなり、両親はほっとした顔をしていたけれど、口にしないだけで彼等への渇望は千尋の中で渦巻いていた。

会いたい、会いたい。守れなかった約束を果たしたい、また出会えたことを喜びたい。
悲痛に暮れ叫び出してしまいたい衝動を押さえつけ、千尋は薄く笑みを零す。それが周囲の望みであるから。

「千尋、千尋。なぁ、あの男は誰だ?俺の、俺たちの千尋に勝手に話しかけるなんて…!」
「降谷くん、落ち着いて」

自分を抱き締めて、見知らぬ男への怨嗟を吐き出す幼馴染を宥める。
日の光を浴びてキラキラと輝く金糸の髪は美しいと思うし、海のように青い瞳はまるで溺れてしまいそうな程鮮やかだ。けれども千尋は、あの夕焼けの髪色と空のように澄んだ青い瞳を何よりも望んでいる。

「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!千尋が汚れてしまうッ!奇麗にしないと、」
「私なら大丈夫。だから気にしないで」
「いいや、駄目だ。俺が耐えられないんだ」
「…………」

青い瞳が千尋を覗き込む。鮮やかな青は暗く濁っていて、本当に溺れてしまいそうだ。
いつからだろうか、この幼馴染に──幼馴染たちに、酷く愛されるようになったのは。両親たち以外の人間との接触は嫌がられ、誰かと一言二言言葉を交わすだけでこうして子供のように癇癪を起こす。出会った頃、容姿の所為で周囲の子供たちから疎まれていたあの頃とは大違いだ。

ぎゅうぎゅうと痛い程に抱き締めてくる幼馴染をどうしようかと考えていると、後ろから誰かに抱き締められた。
誰か、なんてこうして自分に触れていて怒られないのは一人に決まっている。

「ゼーロ、落ち着けって。そんなに錯乱してちゃあ千尋が困るだろ?」
「………ヒロ、でも」
「大丈夫だって。そいつは俺がなんとかするからさ、落ち着けよ」

ニコニコと笑みを浮かべるもう一人の幼馴染。笑いながら放たれた言葉に、また自分の所為で誰かがいなくなってしまうのかと思うと気が思う。彼らが云う男とは、プリントを集める為に千尋に声を掛けてくれただけだというのに。
はあ、と口から零れてしまいそうな溜息をぐっと堪える。もしも自分がそれに対して何か反応してしまったら、その男子生徒がもっと酷い目に遭ってしまうのは今までの経験から予測できる。これ以上無用な傷をつけてほしくなかった。

「千尋もさ、気をつけろよ?一体誰がお前を傷つけるかわからないんだから」
「……うん、ありがとう」

独り善がりな正義に曖昧に笑って思ってもいない感謝を口にする。
例えば前世の記憶がなかったら、歪んでしまった彼等につられて自分も堕ちることが出来たかもしれない。そう考えると、前世の記憶があって良かったのか否かなんとも言えない話だ。



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