家族揃ってのお出掛け。といっても千尋の腹には新しい命が宿っているので遠出はできず、近所の公園に遊びに行くだけだが。

友人を見つけたらしい子供たちがわっと駆けていく。その後ろ姿を見ながら千尋は近くにあったベンチに腰掛ける。いい天気だ、────降谷が接触してきたのもこんな天気の日だった。

彼等との結末を思い出し、しんみりとしていると隣に太宰が腰かける。そっと様子を窺うと、太宰がじいっと此方を見ていてどきりとしてしまう。その顔からは表情が抜け落ちており、一目で不機嫌だということが判り千尋はごくりと喉を鳴らした。

この辺りだけ、妙に緊迫した空気が漂っている。

「浮かない顔をしているね。彼等に啖呵を切ったことを後悔してるのかい?」
「そういう訳じゃない、けど」
「いいんだよ、千尋。君はただ、私と子供たちのことだけを考えていたらいい」
「……嫉妬してる?」

頬に手を添えられ、顔を固定される。真っすぐに見つめられうろうろと視線をさ迷わせながら問うと、太宰はふっと表情を緩めた。

「しているとも。私の千尋の中に他の男が巣食っているなんて耐え難いことだ。いっそ君に薬でも盛って記憶喪失にさせてやろうかな」
「怖いこと言わないで」

恐ろしいことを言い出した太宰に思わずそう声をかける。漂っていた緊迫した空気はいつの間にか霧散していた。今はただの一般人であるが、奇妙な薬など何処からか入手してきそうで恐ろしいものである。

ふう、と息を吐いて太宰を見つめる。先ほどまでは気付かなかったがこの言動は不安からきているものだろう。嫉妬もあるかもしれないが。

「そんなことしなくても、治くんのことしか見てないよ」

彼等との縁はもう終わった。
この道が交わることは決してないだろう。もう二度と関わることはない。

思いを馳せるように目を閉じた千尋に太宰が小さく笑った気配がした。そのまま重なる唇。外だからか、触れるだけで離れていく体温が少しだけ名残惜しい。

「ママ!パパ!見て見て!」
「おや、上手に作れたじゃないか」

泥だらけになった子供たちが両手に泥団子を持って駆け寄ってくる。満面の笑みを浮かべている可愛い我が子に暗く沈んだ気分も晴れていく。

いつまでも引き摺っている訳にはいかない。今の千尋には守るべきものが、慈しむものがある。
もう過去とは決別したのだから、強く生きていかなければ。

「真尋の分はパパにあげるね」
「ママにはこれあげるから千治のおよめさんになって」
「……ふふ、ごめんね。ママはパパのお嫁さんだから」
「えーーーー」

可愛らしいことを言う子供の頭を優しく撫でてやる。
なんて家族団欒を楽しんでいると、太宰がそっと手を握ってきた。

「千尋。君のことが、君のことだけが好きだ。だからどうか、ずっと私の傍にいておくれ」

真っ直ぐに此方を見つめて言われた言葉に、ゆっくりと瞬きを繰り返す。
そうしている間に太宰は握った手の、指先にそっとキスを落としてきた。この光景見たことがあるなぁ、なんて考えながら小さく笑う。

「……そのプロポーズ、何回目?」
「何回だって伝えるとも。君がずっと傍にいてくれるように」

この十年、結婚記念日を迎える度に伝えてくれる言葉。そんなに繰り返さなくても離れる心算なんて毛頭ないのに、と思いつつそう言われるのを待っている自分がいる。

子供たちの目の前だというのにぎゅう、っと抱き着いてきた太宰の背中に手を回す。

あの幼馴染みたちは千尋のことを天使のようだと称した。けれどもそれは嫌だ。千尋は、最愛の人と地上を歩いて行きたいので。

天使だというのなら、背中の羽根はいで生きたい。




黒の組織が壊滅した。長年追い求めていた目的が達成されて喜ばしいことだが、降谷の胸には空虚が横たわっている。燃え尽き症候群とでもいうのだろうか。何をしてもやる気が起きない。原因は判っている。

最愛の人に拒否されたから。

もう二度と近付くなと言われてしまった。どうしてそんなことを言うのだろうか。降谷に手を差し出して、降谷の手を取ってくれたのは千尋だというのに。

目蓋を閉じるとあの時の光景が思い浮かぶ。敵意が込められた目。あんな目を向けられたのは初めてだった。そこまで考えて、彼女の笑みを見たのはいつだったか記憶を遡る。千尋はいつも伏し目がちで降谷たちの傍にいた。どこか悲し気な表情に守ってやらなければと思って、

ふと子供の楽しそうな声が耳に届いた。少し調べ物をする為に横浜まで来たのだが、いつの間にか住宅街まで来ていたらしい。声がする方向へなんとなく目を向けて、思わず足を止めた。

「───降谷さん?どうされました?」

同行していた風見が疑問を口にする。しかしそれに答える余裕は降谷にはなかった。

目を向けた先には幸せといわんばかりの家族が公園で遊んでいる。妻である女性はベンチに腰掛けて少し膨らんだ腹を撫でて、そして小さく笑みを浮かべた。その姿があまりにも美しくって、降谷の目からは涙がひと粒零れていく。

「いや、なんでもない」

不思議そうな顔をしている風見に向かって笑みを浮かべる。
そしてそのまま足を進める前に美しい横顔に小さく呟いた。

「やっぱ君は俺の天使だよ、千尋」

例え道が分かれようともこの想いは止められない。



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