22


つかつかと近付いてきた降谷が千尋の手を取った。ぎゅう、と痛いほどの力で握り締められて思わず息を詰める。
眉間に寄せた皺に気が付いているのかいないのか、降谷は興奮したまま言葉を並べ続けていく。

「皆で暮らせるような家も用意したんだ。きっと千尋も気に入る」

その皆、に千尋の愛するあの人は入っていない。選ぶ訳がないということに降谷たちは気づいているのだろうか。舌打ちを零しそうになってぐっと堪える。

いつもそうだ。この二人は千尋のことなんて考えているようで考えていない。此方のことなど気にせず自分の考えを押し付けているだけ。
千尋も降谷たちのことを愛してる、なんて。どうしてそんな妄想に取りつかれているのか意味が判らない。

「そうだ!あの子たちも連れて行こう。血は繋がってないけど…君の子供なら愛せる」
「ふざけないで」

ふざけたことを言い出した降谷の言葉を遮る。
この子たちは千尋と太宰の子供だ。その道をどうして降谷に決められなければいけないのか。

ふつふつと湧き上がる怒りをそのままに降谷と諸伏を睨みつける。すると千尋にそんな態度をとられると思っていなかったのか、二人の肩がびくりと震えた。向けられた、縋るような瞳に大袈裟なほど大きな舌打ちを零す。
このまま二人の頬も叩いてやろうか、と思ったが一瞬大きく燃え上がった怒りはすぐさま消えてしまう。

────幼い頃を思い出してしまったから。

「やめてよ。もうこれ以上、私の好きだった二人を汚さないで」

口からこぼれた言葉は心の底からの言葉だった。
優しくて強くて、頼りがいがあって、「一野辺千尋」を知っている人間がおらず心細く過ごしていた千尋の傍にいてくれた二人はある意味心の支えだった、のに。

どうしてこうなってしまったのだろう。
考えても考えても、こうなった理由を見つけることは出来ない。否、理由を見つけたとしてももうどうにもならない。

「千尋……」
「もう二度と、私の目の前に現れないで」

つん、と鼻の奥が痛くなった。しかしここで泣いてはいけない。泣いたって千尋が慰めてほしいのは降谷と諸伏ではないのだから。
零れ落ちてしまいそうな涙をそっと隠し、千尋は口を開く。

「大嫌い」

卒業式間近のあの日と同じ言葉を二人に向かって吐く。まさかそんな言葉を言われると思っていなかったのか、驚いたように目を見開いている。

「ま、待ってくれ、そんな、そんなこと言わないでくれよ、なあ」
「嘘だよな……?千尋が俺たちのこと、嫌いだなんて」
「、さよなら」

二人揃って縋ってくるがこれ以上交わす言葉など何もない。視界に入れないように部屋を出て行く。後ろからもう一度「千尋」と呼ばれたが返事をすることはない。もう、二度と。



お帰りください、と固い表情をした白髪の青年に促されPDAのビルを出る。半ば放心状態である降谷と諸伏の間に会話はない。

まさか、千尋にあんなことを言われるなんて思いもしなかった。

彼女はいつだって穏やかで優しくて、怒ることはあってもあんな風に言葉を荒らげることはなかったのに。長く離れていた時間が千尋を変えてしまったのかと思うと悲しくなってしまう。

矢張り無理矢理にでも傍に置いておくべきだった。そうしていたら彼女が自分たちに嫌いだなんて言葉を吐くこともなかったのに。
言葉にせずとも諸伏も同じことを考えているのがわかった。

これから、どうしようか。
なんて考えながら歩いていると前方から男がやって来た。砂色の外套に蓬髪の頭。男は降谷たちの姿を見るとにっこりと、わざとらしい笑みを浮かべる。

「やァ、こんにちは」
「あなたは……」
「確か、太宰治」

ぽつりと諸伏が名前を口にする。自分たちから千尋を奪った男が目の前に立っていた。
カッと湧き上がる怒りのまま一歩踏み出したところで諸伏に取り押さえられてしまう。一発くらい殴ったって許されるだろうと思って自分の体を押さえる幼馴染みを見るが、諸伏は首を横に振るだけで離してくれそうにない。

そんな降谷たちの様子を見て、太宰はくすくすと笑う。その笑い方があんまりにも意地悪くて姿を見るだけで腹が立ってくる。

「無駄な足掻きだったね。あんなものまで用意したのに」
「ッお前!お前がいなかったら……!!」
「人の所為にしないでくれるかい。君たちが選択を間違えたんじゃないか」

全てを判っているらしい太宰。怒りのままに声を荒げてしまう。
この男が千尋を惑わさなければ。いや、そもそも出会っていなければ今も自分たちは変わらず笑っていたというのに。

太宰治という目の前の男の所為で自分たちの幸せな未来は壊されてしまったのだ。

「千尋はね、あんなに追い詰めない方がいいのだよ。ある程度の自由を与えて、目一杯愛してやればいい」
「……そんなの」

愛していた。愛している、今も。
他の誰よりも大切にして、他の誰からも守っていた。けれど手を離したのは千尋で────そうなるようにしたのは、目の前の男だ。

「じゃあ君たちは選ばれなかったのだね、可哀想に」



足取り軽く自宅に帰ると、すやすやと寝息を立てている子供たちとどこか物悲しそうな顔をしている千尋が太宰の帰りを待っていた。

「千尋」
「……おかえり、治くん」

緩く笑いながら迎えてくれた千尋。しかし悲しげな表情は変わらず、そんな顔など見たくなくて力いっぱい抱き締める。
その顔をしている理由はあの男たちだろう。一体いつまで千尋の心を縛り付けたら気が済むのか。思わず舌打ちを零しそうになったが、怒りは先程ぶつけてきたのでここで露わにするのは間違いである。

ぐっと堪え、泣きそうになっている彼女の体をそっと抱き締めた。途端に縋りついてきた千尋はぽろぽろと涙を流す。

「私、わたし」
「安心し給え。千尋には私がいるでしょう?それに子供たちも。だから君が悲しむ必要なんて何もないのだよ」
「……うん、ありがとう」

目尻に浮かぶ涙を拭ってやると、ようやく千尋は笑みを見せてくれた。嗚呼矢張り彼女には笑顔の方がよく似合う。

────却説、あの男たちはどうしてくれようか。



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