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勢いよく振り下ろされた手を掴んで止めたのは中也だった。子供たちを守るように女との間に入り、女を睨み付ける姿にほっと胸を撫で下ろす。

これが中也以外────例えばそこで手を伸ばした状態で固まっている幼馴染みたちであったなら、千尋はすぐさま子供たちを引き離しただろう。
子供たちが傷つかなくてよかった、中也でよかったと安堵するが千尋の胸の内はあっという間に怒りで染まっていく。

「離して!あの人以外が私に触らないで!!」

それに油を注ぐかのように声を荒らげる女。
甲高い、ヒステリックな声を聞いていると此方も怒鳴り散らかしてやりたくなる。しかしここで手を出してしまえば此方の負けだ。ぐっと堪えなければ。

今すぐにでも殴り倒したくなるのを我慢していると、中也に腕を掴まれたままの腕をどうにかしようと女が暴れ始めた。あの程度で中也に危害が加えられるとは思わないが、その余波が子供たちに来ては困る。状況が飲み込めずきょとりとしている子供たちをそっと背に庇うと、漸く我に返ったのか降谷が慌てて声を張り上げた。

「落ち着いて!貴方も彼女から手を離してください」
「この状態でか?離したらガキ共に手ェ出すだろ、この女」

冷静を装っているが、これは中也も怒ってるなと。
長年の付き合いからそれを悟った千尋は溜息をひとつ零すと、女を睨みつける中也に声をかけた。

「中也、そこ退いて」
「あ?」
「────は?」

中也と女の呆けたような声が重なる。それもそうだろう、二人に近づいた千尋が女の頬を力いっぱい叩いたのだから。
ぽかんとした顔を晒す女に千尋はわざとらしく笑ってみせた。

「なあに、その顔。自分に危害は加えられないと思ってた?おめでたい頭ね、脳内花畑で吐いてしまいそう。ふざけんなよこのクソ女」
「え、あ、千尋…?」

少々語調を荒げた千尋に諸伏が困惑したような声を零す。それも当然か、二人の前でこうして声を荒げたことなどあの日だけなのだから。

女の胸倉を掴んでぐい、と顔を近づけると怯えた瞳が千尋を映す。ゆらゆらと揺れる瞳は憐れみを誘うがそれに同情することはない。ここまで我慢してきたのだ、爆発させたって千尋は悪くないと言い張る。

「私ね、割と気は長い方なんだけど」
「いや短いわ。嘘つくなよ」
「そろそろ我慢の限界というか、判らせた方がいいかな」

中也が茶々を入れてきたが気にしてはいられない。
胸倉を掴みながら握り拳を作ると、女は怯えたように声を上げた。

「ヒッ……!」
「次。治くんに近付いたら殺す。子供たちに近付いたら殺す。そもそも私の視界に入ったら────殺してやる」

明確な殺意を口にする。
脅かしでも何でもない。千尋はそれのやり方を知っているし、実行する覚悟もある。例えばここで女を殺したとして、幼馴染み二人も一緒に処分してしまえばいいことであるし、中也ならば死体の処理も手伝ってくれるだろう。中也ではなくとも太宰だって。

嗚呼でも子供たちがいる目の前で殺人は拙いかもしれない。理性的な自分がそう囁くと、頭に上っていた血が引いていくのが判った。

胸倉から手を放すと女は尻もちをつき、千尋を見上げると悲鳴を上げそのまま部屋を飛び出していく。返事は聞いていないが、その姿が答えだろう。追う心算はない。女が二度と姿を現さないのなら、千尋から危害を加える心算は毛頭ないのだ。

女の姿を見送って、呆然としている幼馴染みたちを見遣る。

「……お疲れ様でした。依頼人も帰られたことですし、貴方方も帰られては」
「ま、待ってくれ!!」
「……何か」

これ以上話すことはないと、言外に伝えているというのに気づいていないのか、それとも気づかないふりをしているのか。
降谷が懇願するように声を上げたので溜息をついて続きを促す。視界の隅で中也が子供たちを連れて部屋を出て行くのが見えた。つまりこの部屋には、千尋と降谷と諸伏の三人だけとなる。

「あの男と別れて、俺たちと暮らそう」



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