20


彼女らがやって来たのは太宰が出張に出て五日目のことだった。

「あの……千尋さん、お客様です」

資料の整理をしていると中島が恐る恐る声を掛けてきた。来客の予定があっただろうか、と手元に置いてあった手帳で確認してみるがそんな予定は一切入っていない。一体誰だろうかと首を傾げていると中島は申し訳なさそうに頬を掻きながら口を開いた。

「実は……」

困惑しながらも中島が口にした名前に思わず眉間に皺を寄せてしまう。何故このタイミングで来るというのか。いや、諸々判った上で来ているのだろう。
つい深く溜息をつくと中島の肩がびくりと揺れたので、慌てて謝罪と感謝の言葉を口にする。

「呼んでくれてありがとう、人虎くん。子供たち、見ててくれる?」
「は、はい!」

自分の足元で遊んでいる子供たちを中島に任せ、千尋が向かうのは応接室。
心底面倒臭いのでそろそろ終わりにしたいのだが、あの女が諦めてくれるだろうかと考えながら重厚な扉を開き────視界に入った人物に千尋は瞬きを繰り返した。

来客用のソファーに腰かけているのはあの女と、それから幼馴染みの二人。千尋を視界に入れると幼馴染みたちがぱっと顔を輝かせたので、それから目を逸らすように口を開いた。

「……また貴女ですか。飽きませんね」
「貴女から太宰さんを取り返すまで諦めないわ」
「はァ……」

自信満々の女に深く息を吐く。どうしてそこまで太宰に執着するのか。千尋は直接は聞いていないが、太宰にかなり酷い暴言を吐かれているらしいのに。
その鋼のような精神力は見習いたいところである。なんて、くだらないことを考えながら現実逃避をしつつ千尋もソファーに腰掛けた。

「こちらは探偵の安室さんと助手の緑川さん。今日は私たちが愛し合っている証拠と──貴女が太宰さんを裏切っている証拠を持ってきたの!」

女が懐から取り出した封筒。その中に入っていたもの───写真を取り出し、千尋に突きつけてきた。

「奇麗に映っているでしょう?太宰さんったらとっても激しくって困っちゃったわ!」

ばら撒かれた何枚かの写真。それは太宰と女が腕を組んでいるものだったり、仲睦まじく逢瀬をしている場面だったり────寝台の上で一糸纏わぬ姿で寝転んでいる姿だったり。ご丁寧に日付が入っているそれらは、誰がどう見ても浮気の証拠である。

だが千尋は信じない。信じる訳が無い。

一枚手に取ってまじまじと見つめてみるが、それだって「最近の加工技術は凄いなぁ」なんて場違いなものだ。そもそも女が持ってきたものに信憑性などない。

自分から最愛のひとを奪おうとしている女。その女の傍らには自分には執着している幼馴染み。そんな人間たちが持ってきた証拠という写真。
どうせこれも加工だろう。全く信じられない。

「貴女、太宰さんが本当に出張だって信じてるの」
「ええ勿論」

女の問いに千尋は迷いなく頷いた。
嘘をつかれたことはあっても、それに傷つけられたことはない。太宰はいつだって千尋のことを愛してくれているのだ。

「彼が家族を、私を裏切るなんて有り得ないから」

脳裏に思い描くのは、千尋、と優しい声で名を呼んでくれる太宰の姿。此方を見遣る甘い瞳を思い出す度に心の奥底からじんわりとしたものが溢れ出す。

屹度これを幸せだと言うのだろう。

小さく笑みを浮かべた千尋に幼馴染み二人が目を見開いたのが判った。何かを言おうと口を開いて、然しそれは女のヒステリックな声に打ち消されてしまう。

「ッじゃあこれは何よ!貴女は太宰さんを裏切ってるじゃない!!」
「……これはそちらの探偵さんが?」

叫びながら女が取り出したのはまた別の写真だった。先程の写真に重ねるようにばら撒かれたそれは、千尋と中也が映っている。中也は千尋の腰を抱いており、この部分だけを見れば男女の仲のようにも見えるだろう。
だが周囲には勿論太宰がいたし、何よりこれは転びそうになった千尋を中也が受け止めてくれただけである。

一体誰がこんな写真を撮ったのか、と女の横に座っている降谷をじとりと見ると降谷は苦笑いを浮かべながら口を開いた。

「いえ、別の者が撮影したものです」
「え、それは安室さんが」
「随分と、悪意のある切り抜きですね」

まるで私が誰にでも足を開く女みたい。
そう言えば、降谷と諸伏が目を見開いた。まさかそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。この写真を撮影したのが誰であろうと関係ない。ただ千尋を貶めようとした事実だけがそこにある。例え二人にそんな意図がないとしても、だ。

「待ってくれ、それは」
「お引き取り願えますか。話すことなんてありませ」
「ママ〜?」

言い訳のように言葉を並べようとした諸伏だったが、それを遮ろうとして────幼い声が千尋の耳に届いた。

ばっと勢いよく出入口を見れば、可愛い子供たちがきょとりとした顔でそこに立っている。手に持っているのは携帯だろうか。ちらりと見えた画面は通話中で、

「ママ、お話終わった?パパがね、お話したいって」

ぱたぱたと駆け寄ってくる子供たち。普段ならばその言葉に耳を傾けるところだが今の状況は拙い。
待って、と千尋が声を掛けるよりも早く女が子供たちに反応した。

「……あんたたちの所為よ。あんたたちがいるから!太宰さんは私のものになってくれない!!」
「千治!真尋!」

ヒステリックに叫ぶ女が手を振り上げた。状況が飲み込めていない子供たちはそれをきょとりと見上げていて、逃げもせず女のことを見上げている。
間に合うだろうか。否、何をしても子供たちには怪我ひとつさせてはいけない。太宰とそう約束したのだから。

しかし千尋が子供たちに駆け寄るよりも早く、女が手を振り下ろした────ところでまた別の声が響いた。

「────おい、何してンだよ」



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -