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※子供の名前が出ます





「出張?」

子供たちを間に入れて親子四人並んで眠りにつこうとしていた時、太宰が告げてきたそれに千尋は思わず声をあげた。仕事が急に入ることはよくあることだが、まさか出張とは。

まだ子供たちも小さいのだから、と免除されていた筈なのだが。 千尋が不思議に思っていると、太宰が深く息を吐いた。

「そう。どうしてこんな面倒な時に面倒な仕事を入れるのか。森さんの考えていることが判らないよ」

大袈裟に息を吐く太宰。部屋の電気を消しているのでその表情を見ることは出来ないが、きっと苦虫を噛み潰したような顔をしていることだろう。
その表情が容易に想像出来て、千尋は思わず小さく笑みを零した。

確かに自称「太宰の恋人」の件が未だ片付いていない今、太宰自身が横浜を離れるのは賢いとは言えない。だが森が太宰が行くべきだと判断し、そういう指示をしたのなら従うしかないのだ。

だから千尋は太宰が安心するように伝える。

「大丈夫。子供たちは、私が守るから」
「……はァ。あのね、千尋」

あの女の様子を見るに子供たちにも危害を加えようとするかもしれない。その万が一の時は身を呈してでも子供たちを守る。自分は母なのだから。
千尋がそう決心していると、呆れたように名前を呼ばれた。

いつの間にか起き上がっていた太宰が、眠っている子供たちの向こう側からじいっと此方を見ている。

「子供たちも大切だけれど、自分のことも大切にしておくれ。君が傷付くようなことがあったら私が何をしてしまうか、判らない君ではないでしょう?」

仄暗い何かを感じさせる声に随分過保護になったものだと考える。以前の、生まれ変わる前の太宰ならば考えられない言葉だ。

あの頃の太宰は冷たくて厳しくて、心配してくれているのだと感じることはあってもそれを言葉にしてくれることはなかった。

歳を重ねる度に深くなっていく愛情と執着。

────太宰治は、千尋を失うことを何よりも誰よりも恐れている。
千尋が先に死んでしまったことは太宰の心に大きく傷を残してしまったらしい。それが嬉しいような、悲しいような。

「心配しないで。私、強いんだから」

太宰を安心させるよう、そう声を掛ける。

あの頃よりも守りたいものも、悲しませたくないもの増えた。そう易々と傷付いては守りたいものも守れなくなってしまう。

母は強しというやつだ。暗闇の中でも判るほどからりと笑った千尋に、太宰が仕方ないといわんばかりに笑った。




出張当日。一週間ほど留守にする太宰を見送るべく母子揃ってビルの前まで来たのだが。

「ああああ行きたくない行きたくない行きたくない……。中也だけでいいだろうに……行きたくない……」
「時間押してンだよ!とっとと千尋を離しやがれ!!」

この後に及んでいきたくないと千尋に抱き着いてくる太宰を、同行予定の中也が𠮟りつけるが抱き着いてくる力が強くなるだけで離れる気配は一向にない。

さてどうしたものかと考えていると、千尋の傍でお利口に立っていた子供たちが声を上げ始めた。

「パパ、どこ行くの?」
「ちゅーやくんと遊びにいくの?パパだけずるい!!」
「違うとも!パパはお仕事で暫くお家に帰ってこれないのだよ」
「え!ならママのことひとりじめできる?」
「パパ行ってらっしゃい!」
「我が子ながら欲望に忠実」
「手前にそっくりじゃねェか、喜べよ」

寂しがるかと思いきや父親不在に喜び始めた子供たちに苦笑いを零す。思ったことをそのまま口にするのは誰に似たのやら。

我が子たちに早く行けといわんばかりの対応をされ、肩を落とす太宰の背をそっと撫でる。こんなことを言いながらも夜には寂しがるのが目に見えているので、太宰が帰ってきたら教えてやろう。

「千治、真尋。パパに行ってらっしゃいのちゅー、してあげようか」
「えー……いいよ」
「うん!」

太宰の腕の中から離れて、子供たちをそれぞれ抱き上げその頬まで近づけてやる。千治は渋々といった様子で、真尋はどきどきとした様子でその頬に口づけをひとつ落とす。

なんだかんだ子供たちに甘い太宰さ、これで少しはやる気を出してくれたらいいのだが。

「……ふふふ、有難う。折角応援してもらえたし、パパ頑張ろうかな」

頬を緩ませ太宰が言う。良かった、やる気を出してくれたと安堵したのも束の間、にっこりと笑った太宰が爆弾を落としてきた。

「ママからのちゅーもあったらもっと頑張れるのだけどなあ」

ここで、しろと?

子供たちは兎も角、中也も他の社員もいるというのに。助けを求めるように中也に視線を送ったのだが、あからさまに逸らされてしまった。

太宰も子供たちもきらきらと期待に満ちた目で見てくるものだから、千尋は諦めたように息を吐く。致し方ない、覚悟を決めよう。

少しだかり背伸びして、太宰の唇に己のものを重ねる。触れるだけの口づけに太宰が不満そうな顔をしているが、これ以上のことは千尋自身も我慢できなくなってしまうので許してほしい。

「行ってらっしゃい、治くん。気を付けてね」
「……うん。行ってきます」



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