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「お願いします!あの人の目を覚ましてあげてください!!」

そんな金切り声が安室の耳に届いたのは、毛利から注文された軽食を事務所に運んでいる時だった。

扉越しでも聞こえる騒ぎに何事かと思いそっと聞き耳を立てると、毛利が声の主を宥めている声が聞こえてくる。
だがそれにも耳を貸さず、声の主は言葉を並べ立てているようだ。

音を立てないように気を付けながら入室すると、部屋の隅でコナンが気まずそうに立っている。どうやらこの騒ぎから逃げ遅れてしまったようだ。

「コナンくん、これ、何の騒ぎだい?」
「あの人、小五郎のおじさんに依頼したいらしいんだけど……内容がちょっと」

言葉を濁すコナンの声に被せるように、声の主である女がヒステリックに叫ぶ。

「太宰さんはあのアバズレに騙されてるんです!だから私の言葉に耳を貸してくれなくて……でも高名な毛利先生の言葉なら!」
「……大変そうだね」
「ね」

女の口から出てきた名前に反応しないよう気を付けながらコナンと顔を見合わせる。

太宰が『あの』太宰なのかは判らないが珍しい名字だ、本人ではなくとも関わりがあるかもしれない。ならば利用する価値は充分にある。

口角が上がってしまいそうになるのをぐっと堪え、安室は女をじいっと見つめた。その視線にどんな思いが込められているのかなんて安室しか知らない。

金切り声を上げ続ける女をどうにか事務所から追い出した毛利がふーっと深い溜め息を吐く。随分と疲れているようだ。否、あんな人間を相手似していたらそりゃあ疲れるだろう。

「先生、お疲れ様です」
「おー」

安室の労りに短く返答した毛利は、いつもの定位置ともいえる窓際の椅子に腰掛けた。持ってきた軽食を目の前に置くと、疲れきった様子でそれに手をつけ始める。

「先生。今の方の依頼、受けるんですか?」
「いや、断った。言ってることも支離滅裂で、本当とは限らねえしああいうのは厄介だ。安室、お前もああいう依頼は安易に受けるなよ」
「はい!」

毛利の言葉に爽やかに返事をする、が。安室の脳内ではあの女とどうやって接触するか算段が立てられていた。



嗚呼どうしよう。毛利探偵事務所の下にある喫茶店ポアロにて、女は一人項垂れていた。

自分は正しいことを訴えているのに誰も聞いてはくれない。ただあの人を助けたいだけなのに。それも何もかもあの女の所為だ。あの女がいなければ、太宰は自分のことを受け入れてくれたに違いない。

逞しい腕で抱き締められ、愛を囁き合う。そんな甘い日々があるというのに。収まった筈の怒りが再び顔を出す。

数々の難事件を解決してきたという毛利小五郎ならばきっと力になってくれると信じて此処まで来たというのに、碌に話も聞いてくれず追い出されてしまった。

信じていたのにどうして!

怒りが爆発しそうになったその瞬間、目の前に注文していないカップが置かれた。白いカップの中はカフェオレで満たされていて、優しい匂いが鼻先を擽る。

「……頼んでいませんが」
「僕からのサービスです、受け取ってください」

にこりと笑う、金髪で褐色肌の店員。先程探偵事務所で同じような色を見たような気がするのだが、同一人物だろうか。
訝しげに見ていることに気がついたのか、店員は苦笑いを浮かべながら口を開いた。

「僕、あなたの気持ちが痛いほど判ります」
「……え?」

他の誰にも聞こえないように囁かれたのは、自分に共感してくれる言葉。
この気持ちを、悔しさと悲しみと怒りを判ってくれる人間がいるのかと、漸く得られた味方に瞳を潤ませる。

「実は……僕の最愛の人もおかしな男に騙されてて、僕の言葉を聞いてくれないんです。だからあなたの気持ちはよく判る」

店員がずい、と顔を近付けてきた。キスでもしてしまいそうな距離で店員はにっこと笑う。

「協力させてくれませんか。あなたの大切な人を奪い返すんです!あなた自身の幸せの為に!」
「……はい!!」

これで、これであの人が私の元に帰ってきてくれる。そう考えると嬉しくて嬉しくて、天にも昇りそうな気分であるのに────どうしてこんなにも、不安なのだろうか。



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