15


────────あれから、数年。




面倒なことになったなァ。
米神に押し付けられる銃口に千尋は小さく溜息をついた。

「お使い」を上司である森に頼まれ東都までやって来たのはいいものの何故こうなるのか。ただ道を歩いていただけなのに、後ろからやってきた見知らぬ男が手を伸ばしてきたと思ったら腕を引かれ気付けば────この状態である。

「動くなァ!動いたらこの女の頭ぶち抜くぞ!」
「……」

耳元で叫ばないでほしい、五月蠅いので。

男を追いかけてきたらしい人間たちが周囲に集まってきて、その人間の中に見慣れていた色を見つけて千尋はそっと溜息をついた。これは面倒なことになる。そんな確信があった。

おや、子供もいる。小学生だろうか。眼鏡をかけた少年が千尋のことを気遣わしげに見つめてる。自分のことはいいので、その少年を近付けさせないでほしい。何があるのか判らないのだから。

取り敢えず状況の把握を、と周囲を見渡すと人ごみの中に赤銅色を見つけ、千尋は自分に銃口を向けている男に向かって口を開いた。

「お兄さん、抵抗はやめたら」
「うるせぇ!!黙らねぇとそのお綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてやんぞ!」
「………はぁ」

どうやら説得に応じるつもりはないようだ。

血走った目で銃口を押し付けてくるので少しばかり米神が痛い。拳銃を向けられることに恐怖はない。あるのは事の次第を太宰に知られたくないなあということだけである。

子供たちにも心配されるだろうし、といい子で留守番をしてくれているであろう我が子たちに思いを馳せていると、群衆の中から一人、此方に近付いてきた。

「その人を、離せ」

怒りを押し殺したような声が聞こえてきて、其方に目をやれば彼────降谷が男を射殺さんばかりに睨みつけている。あまりの形相に、男は小さく悲鳴をあげた。

この男は何かの罪を犯して逃亡中なのだろうが犯罪者の割には肝が小さいのでは。そんなことを考えていると、男がまた悲鳴をあげた。何事かと思えば、鬼のような形相をしている降谷が徐々に距離を詰めてきている。

一歩、また一歩と此方へ近づいてくる降谷に男は慌てて銃口を向けた。そんなことで止まるのなら、最初から近付かないと思うのだが男はそんな風に考えられないらしい。拳銃を握る手は微かに震えていて、見ていて憐れになってきた。

「ち、近付くな!それ以上近付いたら撃ち殺すぞ!!」
「出来るものならやってみろよ」
「っ!!」

場はおり降谷に主導権を握られていた。この男はもう駄目だろう。

「う、うわああああ!!」

限界を迎えたらしい男が叫び声を上げながら銃を乱射するところで千尋は男の手首を掴み、そのまま背負い投げを。潰れたカエルのような声を上げた男が地面に這いつくばると、周囲にいた人間たち───恐らく警察であろう彼らが一斉に男を押さえ込み始めた。

これで一件落着でいいだろう。ふう、と一息ついていると人混みの中にいた中也が近付いてきた。もっと早く来てくれたらよかったのに、とは思うもののそれを口にすることはない。

あの場で中也が出て来ても事態は好転しなかっただろう。寧ろ悪化していたかもしれない。あの、降谷の顔では。

「大丈夫か?お前も不運だな」
「そう?傷一つないから幸運でしょう」

近付いてきた中也に傷の有無を確認されるが、銃口を押しつけられただけで特に問題ない。だが今日あったことは太宰には言えない。言いたくない。心配をかけてしまうというのもあるが単純に外へ出してもらえなくなってしまうだろう。それだけは避けなければ。

「歩くだけで巻き込まれるなんざ、さすが東都だな。とっとと帰るぞ」
「うん」
「あの」
「あ?誰だ手前」

中也が差し出してきた手に己の手を重ねたところで後ろから声をかけられた。先程聞いたばかりの声だ。嫌だな、と思うが千尋よりも先に中也が反応してしまったので仕方なく目を向ける。

そこには矢張り降谷がいた。

人の良さそうな笑みを浮かべているが、千尋が中也の手を握っているのを見ると一瞬だけ表情が削げ落ちた。眼鏡をかけた少年が降谷に向かって「安室さん?」なんて声を掛けているのが聞こえて千尋は首を傾げる。
はて、目の前にいるのは降谷ではないのだろうか。いや、此方に向ける目に宿る執着は他人だと思えない。

「お怪我はありませんか?体調とか」
「平気です、お気になさらずに」

にこやかに笑いながら距離を詰めてくる降谷。中也が牽制するかのように千尋たちの間に体を割り込ませるが、降谷は千尋しか見ていない。それどころか千尋の空いている手を握ってきた。

ぎちりと手首から音がする。痛い程の力で捕まれて身動きが取れない。

「よければ僕の働いている喫茶店で休憩されませんか。顔色悪いですよ」
「……結構です」

掴まれた箇所は恐らく青痣になってしまっているだろう。どうにか誤魔化すことが出来たらいいのだが。此方をまっすぐに見つめてくる青い瞳から逃げるようにそんなことを考えた。



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