10


死ぬしかないと思った。

黒の組織に潜入して数年。漸くネームドになれたというのに、あっさりとNOCだと気付かれてしまった。

追手たちから逃げながら己の死について考える。諸伏景光に繋がるようなものは何も残していない。しいて言うのなら、胸のポケットに入れている携帯くらいか。
もしもの時はこれごと、自らの命を。そう覚悟を決める。どこから親友に、彼女に繋がってしまう前に、自ら死を。

『諸伏くん』

でも、もう一度彼女の声が聞きたい。








「ヒロの馬鹿野郎!どうして無茶するんだ!!」

僅かに涙が滲んだ瞳で睨んでくる幼馴染み────降谷に諸伏は苦笑いを浮かべる。
先程から何度も小突かれているが、本人の力強さもあってかなり痛い。が、それに苦言を呈することをしないのはその心配が痛いほど判るからだ。

組織の連中にNOCだと気付かれてしまった親友を助けるべく駆け付けた降谷が目撃したのは、ライの拳銃の銃口を向けている諸伏の姿。これが立場が逆であったら、諸伏は同じように怒鳴っていただろう。

「そんなに怒るなよ。こうして無事だったんだし」
「結果論じゃないか!俺はお前が死んでしまうかと……!」
「……実は足音が聞こえた時、これ以上追手が増えるなら自殺しようと思ったんだ」
「!」
「情報を抜かれてお前に……彼女に、危害が加わるならって」

自殺しようとした、ぽつりと呟いた言葉に降谷が反応する。眦を吊り上げて再び拳を握り締めた姿に慌てて言葉を重ねた。

「でも、出来なかった」

脳裏に浮かぶのは、卒業式で見た彼女の姿。此方を見ることもなく立ち去った千尋。立派な警察官になってこの国を、彼女を守れるようになると誓ったあの日から会えていない。
本当は警察官学校を卒業した時に会いに行きたかったけれど、その時には既に捜査官として黒の組織に潜入することになっておりそれは叶うことはなかった。

初めて会った時のことを思い出す。

『よろしくね』

小さな手を伸ばして握手を求める、小さな彼女。
長野から東都にやって来て心細い日々を送っていた諸伏にとって、千尋と降谷は心の隙間を埋めてくれたかけがいのない存在だ。そんな彼女にもう一度会いたいと思うのも当然だろう。

そうして、もう一度彼女と出会えたら。

「千尋にもう一回名前を呼んでほしいって思ったら引き金を引くなんてこと出来なかった」

千尋が時折見せてくれていた、薄く柔らかな笑みをまた見せてほしい。
そう口にする諸伏の肩を降谷がそっと掴んだ。

「……ヒロ。必ず俺たちの手でアイツらを捕まえよう。それで会いに行って、ずっと三人でいよう」
「……ああ!」

降谷の言葉に力強く領く。
千尋を迎えに行ったら、三人で何処かに移り住むのもいいかもしれない。広い庭付きの家でいつまでも三人で暮らすのだ。きっとそれはなによりも楽しく幸せだろう。ああその前に結婚式を挙げたいな。白いウェディングドレスでも白無垢でも、どちらでも千尋に似合う。

いつか必ずやってくる幸せな未来を想像して、諸伏は小さく笑みを浮かべた。








柔らかな光が降り注ぐ教会。白いウェディングドレスを身に纏い、千尋はバージンロードを父と一緒に歩く。バージンロードの両脇にはPDAの面々や親類がいて祝福してくれている。隣の父を見ると涙ぐんでいて、思わず笑みを零す。
祭壇に目を向けると白いタキシードに身を包んだ太宰が立っていて、父と組んでいた腕を離れ彼の元へ向かう。伸ばされた手を取り、太宰の隣に立った。

「────病める時も健やかなる時も、変わらず愛を誓いますか?」
「はい、誓います」

牧師が問う。それに領いて、左の薬指に指輪が嵌められる。顔を覆っているベールが上げられ、太宰の顔が近付いてきた。唇が重なった瞬間周囲から歓声が響く。

「愛しているよ」
「……私も、愛してる」

歓声を受けながら愛を囁き合う。これで漸くずっと一緒にいられる。



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