09


「結婚しよう。絶対幸せにするから」

大きな手が、大好きな手が頬を撫でた。まっすぐと此方を見つめる太宰の瞳は優しさと甘さが過分に含まれていて、それだけで千尋は多幸感に包まれる。
このまま死んだっていい。そんなことを考えながら太宰の言葉に頷いた。









父と太宰が仲良く談笑しているのを眺める。
結婚するにあたり、両親に挨拶をしに来たのだがまさかこんなにも早く打ち解けるとは思いもしなかった。父はあまり態度に出さないけれど結構な親バカであるので、太宰のことを殴るのではと危惧していた分少々拍子抜けである。いや、仲が良くなるのはいいことなのだが。
千尋には判らないことで盛り上がっているのを見ていると、母がそっと傍にやって来た。

「千尋。太宰さん、とってもいい人ね」
「……うん。私には勿体ないくらい」

母の言葉に深く同意する。太宰と添い遂げられるなんて、かつての生では考えもしなかった。
だから時折思ってしまう。こんなにも幸せでいいのかと。千尋がそんな心情を吐露する度に太宰はいいんだよと抱き締めてくれる。服越しに伝わる低めの体温を感じる度に不安がとろとろと溶けていくのを思い出して、千尋は小さく頭を振った。流石に母の前で女の顔をするのは恥ずかしいし、見られたくない。

「結婚式が楽しみだわ!はりきらないと!」

今から楽しみ、と笑う母につられて千尋も口角をあげる。母のように姉のように慕っている尾崎もはりきっていたが母も同じようだ。これは色々と大変かもしれない。
近い将来のことを考えて苦笑いを浮かべていると、母が思い出したように口を開いた。

「そうそう。降谷くんたちにもお知らせしないと」

降谷くん。その名前を聞いて、心臓がきゅうっと締め付けられた。思い出すのは高校の卒業式のこと。警察官になるのだと目を輝せていた彼らは無事に夢を叶えられたのだろうか。

あれ以来全いないが元気にしているだろうか。そこまで考えて、はたと思考を止める。もう関わらないと決めたのだ。彼らが今後どんな道を選ぼうとも千尋には関係ない。

「ちゃんと連絡してる?千尋と連絡がつかないって心配してたわよ」
「母さん、そのことだけど」

もう彼らとは関わらないことにしたの。そう告げようとして、本当に言ってもいいのかと疑問が頭をよぎった。

降谷と諸伏のことを母は大層可愛がっている。それこそまるで我が子のように。
私はあの二人が嫌いなの。だから母さんたちも二人と関わらないで。理由も明かさずそんなことを言えば、母は不思議がりそれから悲しむだろう。それは母だけではなく父もそうだ。自分のことを心の底から愛し、それから慈しんでくれる両親の悲しい顔など千尋は見たくない。
だから、誤魔化すように笑みを浮かべながら口を開いた。

「……私からちゃんと言うから、心配しないで」







横浜への帰り道を太宰と手を繋いで歩く。すっかり日は暮れていて、両親は泊まっていけと言ってくれたがそれは断った。今でも降谷と諸伏が自分のことを探していることはわかったので、あまり家にはいたくない。
あの二人が自分への執着心を捨ててくれたらこんなことを考えなくても済むのだが、そう簡単にはいかないだろう。

「いいご両親だね」
「うん、本当に」

太宰の言葉に深く領く。少しお人好しすぎる部分もあるが、自慢の両親である。間髪入れずに領いた千尋に太宰が苦笑いを浮かべるが、それを否定することはない。

「……治くん。抱き締めてくれる?」

なんだか妙に寂しくなって、そんなことを口にしてしまう。突然のことに太宰は驚いたようではあったが、いいよと笑って優しく抱き締めてくれた。鼻先を擽る、同じ柔軟剤の匂いに安堵する。
ここが道端で、誰かに見られているかもしれないという可能性も千尋の頭にはない。ただ愛しいひとの体温を、鼓動を感じていたい。

「なにかあった?」
「なんでもない、なんでもないの」

ぎゅうぎゅうと千尋のことを抱き締めながら太宰が問うてきた。
寂しくなったの、と素直に云えばいいのだがそれを口にするのは何だか気が引けて曖昧に笑って誤魔化す。

────そんな自分を見て、太宰が何かを考えこんでいたなんて千尋には判らない。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -