▼ ツイステ/マレウス/ああ、溶けてしまう
柔らかなベッドの上でしくしくと泣いている青年の背をそっと撫でてやる。びくりと体を震わせた青年は己の体に触れているのが誰なのかを確認すると一層激しく泣き出した。
「ああ、そんなに泣くな。目が溶けてしまうぞ」
「ッんで、なんでっ、俺ぇ帰りたかっ……!」
慰めの言葉を吐いても青年の耳には届いていないようで、何故、と繰り返しては涙を零す。そんな青年の白く細い足首に丁寧に巻かれている包帯を見て思わずほくそ笑んだ。
この青年はもう二度自らの意思で歩くことも出来ず、家族が待っているという異世界とやらへの帰り道も断たれたというのに、諦めきれず泣き喚く姿のなんと愚かで──愛おしいことか。
帰り道であった鏡を叩き割り、青年から足を奪った妖精は酷く愉快そうに笑いながら何でもないことのように言い放った。
「僕を置いて行くなどと口にするお前が悪い」
飛んでいくというのなら飛ぶ為の翼をもぐのは当然のこと。帰るというのならその帰り道を断つのも当然のこと。
可哀想に。己に向けられた執着に気付かず、全てを台無しにしたのはお前なのだと刷り込むように妖精は囁く。
その顔は青年がいつも見ていた穏やかなものではなく、怒りからなのか悲しみからなのかも判らず、青年はただただ涙を流し続けた。
──もう、あの穏やかな夜には帰れない。
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