文スト 短編 | ナノ
 君愛/キスの日

「やだ。千尋からキスしてくれないと仕事しないから」

駄々をこねる子供のように床に五体投地をしながら太宰がそんなことを言うので、千尋はそっとため息をつく。

どうして急にこんなことを言いだしたのか、と思いきや今日はキスの日らしい。なるほど、だからキスを強請られているのか。とはいえ納得できる訳ではないが。

「子供みたいなこと言わないで」
「折角のキスの日なのにしてくれない千尋が悪い」

テコでも動かない、といわんばかりの太宰。ちらりと時計を見ると出勤時間が迫っている。この前も遅刻して怒られたとぼやいていたので遅刻させるわけにはいかない、ので。千尋は覚悟を決めた。

「……キスすればいいの」
「してくれるのかい!?」

若干食い気味に反応した太宰が勢いよく起き上がる。きらきらと輝く目を向けられて若干たじろいでしまうが、覚悟をきめて期待に満ちた顔にそっと唇を寄せた。

ちゅっ

「……は?何今の」

目を見開いた太宰が聞いてくるが、千尋はそっと目をそらす。なんだか責められているような気がして大変気まずい。

──千尋が口付けたのは太宰の額。流石に唇にキスをするのは恥ずかしい。

「どこにって言われなかったもの。これで終わ」
「許す訳ないでしょ」

踵を返そうとしたところ、手首をつかまれたたらを踏む。みしりと骨が軋んだような気がする。

やばい、そう思っても時すでに遅し。

腕を引かれて太宰の腕の中へ。顎を掴まれ顔を固定されてしまい、逃げようにも逃げられない。爛々と光る瞳はまるで獣のようで。思わず口から零れた悲鳴はそのまま太宰に飲み込まれてしまった。

「お子ちゃまキスしかできない千尋には私がしっかりと教えてあげよう」
「ぁ、」

謝罪の言葉は太宰に届いただろうか。否、聞こえていたとしても本人に止まる気がないので意味はないが。

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