文スト 短編 | ナノ
 君愛/愛というもの

ずっと気になっていたことがある。
どうしてあの人は、あんなにも彼女のことを愛しているのだろうかと。

コナン────新一の周囲にも勿論誰かを愛している人間、誰かに愛されている人間というのは存在している。それがわかりにくかったり逆にわかりやすかったりと様々な形があるが、目の前にいる男の愛の形はずば抜けて歪だった。

喫茶店ポアロ。ずず、とオレンジジュースのストローを吸いながらコナンはテーブル席で読書に耽っている太宰を見遣る。いつも体の何処かに包帯を巻いているという少々不審な出で立ちながらも、その端整な顔立ちで太宰は注目を集めているが本人はあの少女しか見ていない。

安室目当てで来たであろう女子大生たちが太宰にも声をかけているが、太宰自身は素知らぬ顔で読書を続けており彼女らの問いに視線を動かすことすらしていない。その内女子大生たちも脈無しと悟ったのか安室に声をかけているのを横目に、コナンはそっと太宰に近付いた。

「ねぇ太宰さん。太宰さんってどうしてそんなに千尋さんのことが好きなの?」
「おや、どうしたんだい少年。恋が気になる年頃かい?」
「そ、そういう訳じゃないけど!……なんで、そんなに好きなのかなって」

机の下から顔を出し、太宰に問うたコナンを見て太宰は意地悪そうににやりと笑う。

一目で揶揄う心算だとわかるその表情にコナンは慌てて首を横に振る。大した疑問ではない、太宰という人となりはそれなりに理解しているので問うても意味はない。だが聞いてみたかった。

彼女の周囲から人を遠ざけ、自分だけを見てほしいと願うその恋心の根底とは一体何なのかを。

「……そうだね。君になら話してあげよう」
「僕には教えてくれないんですか?」
「君に言う必要なんてないでしょう」
「酷いなぁ、いいじゃないですか。教えてくださいよ」

話に横入りしてきた安室に太宰は敵愾心丸出しの態度を取るが安室は涼しい顔だ。

太宰の恋人である彼女に対して好意を隠そうともしない安室の存在は、太宰からしてみれば目障りで仕方ないだろう。コナンだって蘭の傍に見知らぬ男がいて好意を隠そうともせず接しているのを見てしまったら落ち着いていられない。

安室さーん、と他の客に呼ばれ渋々離れていった彼の後ろ姿を微妙な気持ちで見つめていると太宰が内緒話をするような囁き声でそれを落とした。

「私、昔千尋にそれはそれは酷いことをしたのだよ」
「えっ!?」
「ふふ、意外そうな顔をしているね」
「そりゃあ……」

普段の過保護ぶりを思い出すと、太宰が彼女に酷いことをしたと言われても想像ができない。太宰を見上げると彼は遠い目をしてどこかを見つめていた。その、酷いことを思い返しているのだろうか。

「勝手に嫉妬して彼女の心を踏みにじって滅茶苦茶にして、────それでも千尋は私を愛してくれた」
「…………」

二人がどんな出会いをしたのか、コナンは聞いた覚えがないことに気付く。千尋の周囲の人間に対して抜かりなく牽制する太宰ならば惚気ていそうな事柄ではあるが。口に出したくないほどの酷いこととは。

気になるところではあるが、ここは聞いていいタイミングではない。コナンはそう判断し、そっと口を閉ざす。

「だからもう二度と彼女を傷つけたり悲しませたりしないと決めているのだよ。……君にはまだ少し早かったかな」

緩く口角をあげる太宰にコナンも笑い返してその場を誤魔化した。
例え仄暗く、歪んでいるとしても太宰が千尋に向ける感情は紛れもなく「愛」なのだろう。

prev / next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -