文スト 短編 | ナノ
 中也/におい

帰り際、ふわりと香った己の匂いに中也は眉間に皺を寄せた。鉄錆と硝煙が混ざった臭いが、皮膚の下まで染み込んでいるような気がする。

それを香水やら煙草やらで誤魔化してみるが、如何せん骨の髄まで染み込んだそれはちょっとやそっとのことでは落ちそうにない。寧ろ匂いを重ねてしまった所為で余計におかしくなったような。

ち、と舌打ちを零せば運転している部下が怯えたように肩を跳ねさせた。普段ならば気遣ってやれるような余裕も、今の中也にはない。

「お気を付けて」
「おう」

セーフハウスのひとつ。自分を見送ってくれた部下にぶっきらぼうに返して帰宅を急ぐ。

帰宅、そう、帰宅だ。

実に半月ぶりの帰宅。寝ても覚めても仕事の日々は中也のあらゆるものを削っていった。色々と足りていないのだ、色々と。

こうなるのなら傍に置いておけばよかったなァとも思うが、大切なものはしっかりと施錠できる場所に隠しておきたいタチなので諦めるしかないというか。

少々乱暴な手つきで玄関の鍵を開けて中に入ると、ぱたぱた、と小さな足音が聞こえてきた。飛びついてきた体をそうっと抱き留めてやる。

「おかえりなさい、中也!」
「おう」

先ほどの、部下に返した言葉と同じもの。それでも柔らかさが滲むのは、相手が一等好いている人間だからか。

ぎゅうぎゅうと抱き着いてくる恋人に「汚れンぞ」と声をかけてみるが、素直な手は彼女を離さないように巻き付いている。それがわかっているのか彼女はくふくふと笑いながらもう一度「おかえりなさい」と言った。

彼女を抱き締めたまま居間に足を伸ばそうとして、その前に。柔らかな首筋に鼻を埋めて深呼吸すれば、甘い匂いが肺を満たす。香水の甘ったるい匂いではなく、お揃いのボディーソープとシャンプー。それから柔軟剤が混ざった匂い。

同じものを使っている筈なのに、甘い気がするのは彼女自身の匂いも混ざっているからだろうか。

この匂いを嗅ぐと帰ってきたのだなァと実感できるので、ついつい嗅いでしまう。暫く彼女の匂いを堪能していると、いい加減にしろといわんばかりに背中を叩かれた。

「もう!嗅ぎすぎ!先にお風呂入ってきて」
「一緒に入ってくれねェのか?」
「…………入る」

自分を追いやる心算だっただろうに、共に入ることを選んだ彼女に思わず「ふは、」と笑みを零す。こういうところが大層可愛らしくて他の男の目に映したくないのだ。

prev / next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -