文スト 短編 | ナノ
 黒太宰/白馬の王子様なんていないのよ

結婚することになった。組織の為に、好きでもない男と。それは別に構わない。好いている人間などいないし、こういう機会でもなければ結婚なんてイベントが自分の人生に訪れることなどなかっただろう。

式については君の要望を聞いてくれるそうだよ。なんて言いながら首領である森に渡されたカタログを眺めながら廊下を歩く。カタログに載せられた花嫁の写真はふわふわキラキラで幸せそうで、自分も同じようになれるのだろうかと女はぼんやりと思った。

「君、結婚するんだって?」

ふと聞こえてきた声に沈んでいた意識が浮上する。目の前に現れた黒衣に大袈裟な程の溜め息を吐く。

女の結婚を何処からか聞いたのか、ニヤニヤと意地悪く笑っているのは同僚の太宰治である。とはいえ組織内の地位はあちらの方が圧倒的に上なのだが。

自分のことが嫌いらしい太宰は顔を合わせる度にセンスがないだとかこの仕事は向いていないだとか、色々と嫌味を言ってくるのだ。そんなに気に入らないのなら自分を遠ざけるか無視でもすればいいのにと女は思うのだが、太宰はそんなことはしない。それ程の権力が太宰にはあるのだから。

今回の嫌味のネタはこの政略結婚のようだ。またぐちぐち言われるのかと少々気を重くしながらも女は口を開いた。

「……それがなに?太宰には関係ないでしょ」
「そうだね。私には関係ないとも」

それだけ言って踵を返した太宰に拍子抜けしてしまう。もっと色々と言われるものだと思っていたのに。

困惑する女は去って行く太宰の背を見ることしか出来ない。一体何がしたかったのかさっぱりだ。腹が立つことを言わずに立ち去ったことに良かったと胸を撫で下ろすべきか否か、女は少しだけ悩んで全て気にしないことにした。







いつか見た恋愛小説で、政略結婚する女性を最愛の人が攫いに来るという描写があったことを女は教会の控え室で思い出す。

鏡に映った自分は白いウェディングドレスに身を包み、美しく化粧をされている。あまりにも普段の自分とは違うものだからそんなことを考えてしまったのかもしれない。

お時間です、と係の人間に案内されて式場へ。重厚な扉が音を立てながら開いていくのを眺めながら、そういえば相手の顔を知らないなと思った。

扉が開き、薄暗い会場に足を踏み入れ──相応しくない血生臭さに顔を顰める。
血塗れになった室内。生きている人間は唯一を除いて誰もいない。扉を開けた係の人間が悲鳴をあげて去っていくのを聞きながら、中で唯一生きている人間に目を向けた。

「なんで太宰が、此処に」
「なんでって……結婚する為に決まってるじゃないか」
「はァ?」

意味がわからない。思わず剣呑な声が出てしまった。

入口で微動だにせず立ち尽くしていると、太宰はにこにこと笑いながら近付いてくる。死体には見慣れているので恐怖はないが、太宰が一体何をしたいのかわからず困惑してしまう。

「ほら、愛を誓おうじゃないか」

頬に返り血をつけたまま笑う太宰。唇に塗られたルージュを親指を拭うと、そのまま噛み付くようにキスをされた。

どうして此処にいるのか。どうして太宰がこんなことをしたのか。理解出来ないことはまだまだあるが、女は体から力を抜くと太宰に身を委ねる。

白馬の王子様ではないけれど、こんな結末も悪くない。

prev / next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -